2014年06月16日

オヤジに声援を!

 講演会も近くなり、そのネタ絡みで、というわけでもないのですが、ちょっと気になる記事が。

「警察相談でも解消されなかった父親の悩み…暴れる息子をこの手で殺害」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140615-00000522-san-soci&pos=3

 要は、「家庭内暴力のエスカレートする子どもに対して、親がとどめを刺した」という、引きこもり業界的にはありがちな話題です。

 殺害はテーマとして重いのでニュースになりますが、殺害しないにしても、暴力云々は引きこもり界隈ではそんなに珍しい話でもありませんので、飛び上がった氷山が視覚化されただけのことでしょう。具体的解決策も特に無いので、今後も段階的に増えていきますし、重傷や意識不明の程度なら、もう少し多くなると思います。

 家庭内暴力の原因はいくつかあるのですが、はっきりとした精神疾患でないものの場合、大体は父親の側での「躾失敗」に原因があるように見えます。所謂「物分かりの良い父親」とか「子どもに理解のある父親」といった一群が中核で、共通事項としては「子どもを殴ったことがない」が比較的多いように見えます。

 多分、この段階でガンダムの有名なシーンが浮かぶ人もいらっしゃると思いますので、ついでに掲載しておきます。

ブライト「アムロ貴様なぜ自分の任務を果たそうとしないんだ。」
アムロ「ブライトさんはなんで戦っているんです?」
ブライト「今は、そんな哲学など語っている暇はない。立てよ、おい。」
アムロ「やめてくださいよ。そんなにガンダムを動かしたいんならあなた自身がやればいいんですよ。」
ブライト「出来ればやっている。貴様に言われるまでもなくな。」
アムロ「僕だって出来るからやっているんじゃないんですよ。」
バシッ(ブライトがアムロを殴る)
アムロ「ウッ、殴ったね。」
フラウ「ブライト少尉」
ブライト「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな。」
アムロ「僕がそんなに安っぽい人間ですか。」
バシッ(ブライトがアムロを殴る)
アムロ「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに。」
ブライト「それが甘ったれなんだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか。」

とまあ、こういった展開が家庭の中にない場合、特に子供が小中学生位のときに父親が躾をサボった場合、子供のタガが外れ、まともに自己コントロール出来ず、自分の自己都合ばかり押し付ける、社会性に乏しい成長の遅い子供が発生しやすくなるようです。父親の義務放棄が原因で、子供の精神的成長が阻害される典型的な事例の一つでしょうか。

 幸い、アムロ・レイはエースパイロットとして責任を全うしていましたが、そのまま責任回避を続けると、30過ぎたあたりで打つ手もなくなってきます。

 中には、

「私は厳しく言い聞かせてますよ」

というお話もありますが、長年見ている限り、言葉云々よりも「引っ叩いたかどうか、拳骨を食らわせたか否か」の方が、要点として大きいような気がします。

 国家運営を見れば分かりますが、財政と外交に並び、軍事・治安維持という暴力的要素は、組織の運営には必須です。こんな話をすると、「お前は暴力を肯定するのか!」といった幼稚な人が出てくるので控えたいところではありますが、子供の持つ野生的暴力性を一定値のラインで抑えるには、言論はほとんど価値を持ちません。野生的行動に対して「言って聞かせる」なんて選択肢は、そもそも最初から存在しないのです。

 敵軍が攻めてきて銃口を突きつけられているにもかかわらず、

「話し合おうよ。話せば分かり合えるはずだよ」

なんて寝ぼけた話が通用するはずもありません。父親の義務とは、子供の持つ自然的な暴力性を、最小限の暴力で抑えることではないでしょうか。

 そして、この義務とは、子供が幼いときにしかチャンスがありません。基本的には小中学生位、せいぜいいって高校生位が限度でしょう。20歳も越えると、父親が体力的に不利になってきますから、それ以降は非常にシンドイ作業になります。最悪、歯止めのきかない子供を殺害するという選択肢も出てくるでしょう。

 それでも、社会に迷惑をかける前にとどめを刺しているなら、ある意味父親としての義務は全うしていると言えます。最悪なのは、躾の完成していない未熟で幼稚な危険人物を野に放つことであり、それが原因で他の殺人が発生すれば、これこそ親として最大の責任放棄です。

 無論、親だからといって全てをコントロール出来る訳ではありませんし、寧ろ出来ないことの方が多いはずです。しかし、「社会の中でやってはいけないライン」を満たしているかどうかは、まともな人間なら少し見れば分かります。基準値未満の子供に悲観し、殺害を選択したとしても、決して父親を批判出来ません。寧ろ、「情状酌量の余地あり」という流れが出てきても悪くないと思います。そういう意味では、この事例は決して最悪ではないでしょう。最悪一歩手前です。

 ここから先は推察ですが、今回の件も、早期の段階で「道理にかなった教育的反撃」を十分にしなかったことに原因があると思います。基本的に、子供は馬鹿ではありませんので、道理にかなった親の行動については従うのが普通です。自分が悪ければ、多少文句は言いながらも「すみません」となりますし、表面的には反省していそうになくても、腹の底でも何らかの軌道修正をかけているものです。今回の件は、一連の教育的反撃が最初から欠如していたものと考えていますが、残念な点があるとすれば、要はここでしょう。

 理不尽な暴力なら私も肯定しませんが、最低限の躾が伴っていない、社会性の乏しい「蛮族」を抑えるための暴力は、寧ろ積極的に肯定すべきでしょう。私達は、一定の秩序を持った「社会」の中で生きているのですから、「蛮族」は積極的に排除されるのが自然な流れです。

 それでも、10代までなら、「蛮族」でも良いと思います。やんちゃは子供の特権ですし、牙を完全にもいでしまえば、人間性そのものを失います。「蛮族」は親からの躾でもって、段階的に文明人になれば良い。しかし、30近くもなって「蛮族」を続けるのは、ただの無能と怠惰の集積であり、親の躾の失敗としか見なされません。叩かれるのが自然であり、肯定など論外です。

 社会の中で生きる上で、最低限の人間的「手入れ」を施し、最低限社会に適合出来るような存在に仕上げること。父親の役割とは、非常に重く、大切で、そして何よりも尊敬すべきものだと思います。今回の件は非常に残念な結果かも知れませんが、最悪の事態ではありませんし、未来に発生したであろう事件を未然に防いだ可能性すらあります。

 世の中のお父さん達は、毎日大変な仕事に追われながら、子供の理不尽と向き合い、日々戦っているのだと思います。たまには、

「お父さん臭いから近寄んないで」

とか

「あんなハゲオヤジ、生きてて何が楽しいんだよ」

とか言わずに、

「オヤジも大変なんだな。ありがとよ」

位言えるようになりたいものですね。一人前の人間とは、親を肯定出来るようになってからがスタートだと思います。

参照:「おやじと話す」
http://www.youtube.com/watch?v=SmfVzW-yL3g
http://j-lyric.net/artist/a00bea3/l014ce3.html
posted by Ecodog at 03:16| Comment(6) | 徒然なコメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする