2016年09月29日

勉強嫌いの子が不登校になるとどうなるのか?

 CARPE・FIDEMは、不登校や引きこもりにはなったものの、その後学び直して再度社会に出て行くことを目標とした塾です。

 が、それと全く逆の姿勢の場合、即ち「勉強嫌いの子」が不登校や引きこもりになった後で再度社会に出た場合、その後はどのようになるのでしょうか? ここ最近何度か問われましたので、少し紹介しましょう。

 まず結論から言えば、仮に家から出たとしても、基本的には低賃金で雇用の不安定な単純作業を漫然と行っているケースが主流となります。(「主流」と言うか、それ位しか出所がありません。)例えば、スーパーの品出しや倉庫内軽作業等、比較的良いところでもコンビニのアルバイトでしょうか。所謂「マックジョブ」という、特にこれといった追加能力の求められない業務を行っています。

 職業上の安定度や賃金体系というものは、その人が周囲から必要とされているか否かで決まります。社会から必要とされている人には、安定度でも賃金でも高待遇が与えられ、特に必要とされていない人は、安定度でも賃金でも低待遇になる傾向があります。

 勉強嫌いというものは、確かに頭の良し悪しもありますが、それ以上に新しい知識や経験を受け入れたがらない、言うなれば、「今の自分を変えたくない」という怠惰な姿勢と言い換えることも出来ます。

 社会は常時変化しますし、その度に新しい事実が発生し、発見され、そしてまた新しい事実へと繋がっていきます。しかし、その変化に背を向けていれば、周囲からの評価が下がったとしても、文句は言えないでしょう。使い物にならないのですから。別段、不当な低待遇が彼らに押しつけられているのではありません。能力相応の待遇が与えられているだけなのです。

 元々、CARPE・FIDEMの設立の経緯は、このような現実を知った不登校や引きこもりの子達が、何とかして上昇気流に乗ろうとして頑張ったところからスタートしています。彼らは、この「不登校・引きこもり底辺層」の恐ろしさを、身に沁みて知っています。年齢や社会経験等、一定ラインを突破すると、どんなに足掻こうともどうにもならない現実を見てきたのでしょう。それ故に、頑張り幅が大きかったのだと思います。

 私個人としては、勉強するしないなんてどうでも良いことだと思っています。したい人はすれば良いし、したくない人はしなくて良いでしょう。ただし、しなかったことを後で誰かのせいにするのはやめましょう。するしないは本人の意志の問題であり、周囲のだれかの問題ではありません。

 第一、勉強なんて、しようと思えばいつでも出来るのです。隙間の時間を見つけて単語を憶えても良いし、歩きながら記憶をおさらいしても良い。電車で読書も出来ますし、寝転がって数学を解いても良い。案外何でも自由です。

 ネット環境まで揃えば、不登校や引きこもりで、

「したいけど出来なかった」

なんて状況は、ほぼあり得ません。しなかったのは、ほぼ100%自己責任です。

 不登校でも引きこもりでも、色んな子がいます。先を見据えて一生懸命に行動している子もいれば、目先の「楽」だけを追い求めている子もいます。個人的には、本人が良ければ、それで良いと思います。ただ、後者が前者の足を引っ張る社会にはするべきではありません。

 別の機会に書きますが、これからの日本はどんどん格差が広がります。格差は不当なものとして述べられることが多いですが、少なくとも私個人としては自然なことだと思っています。

 不登校・引きこもりの業界でも、きちんと学んでいる人達は必然的に上に上がっています。何もしていない人達は下層に転落しています。でも、それは当たり前のことなのではないでしょうか? 誰かのためになっていて、人から感謝されている人は、自然と待遇も上がります。その逆をやっていれば、自然と待遇も下がります。これが格差だとするなら、それは大変好ましいことでしょう。因果応報というものです。

 私も今33歳で、10年以上この業界に身を置いてきましたが、転落人生に一直線の人達を繰り返し見てきました。危ないと思えば、警告もしました。怠惰の結果が何なのか、丁寧に説明したりもしました。しかし、ダメな人は本当にダメなのだということが、10年近くかけて良く分かりました。残念なところですが、これが現実なのでしょう。

 せめて、上がれる人達だけでも上に上がれることを期待して。毎日の小さな努力が、より良い未来に繋がるように応援したいと思います。
posted by Ecodog at 19:06| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

「大丈夫」を積み重ねる

 そろそろ九月も終わり、十月に入ります。私は秋という季節が好きで、微妙な肌寒さの中で朝起きたときなんか、なかなかどうして良い気分なのであります。

 ただ、試験を抱えた学生さんなんかは、あまりそういった余裕がなかったりしますよね。まあ、私もそうだったので気持ちは分かります。甲子園が、あっという間に決勝戦に進み、気が付いたら終わっていたときの焦燥感たるや……。

 特に受験生に限らないのですが、そんなとき、私は「大丈夫」を増やすようにしています。小さなことで構いませんので、積み重ねます。

「明日の授業の準備をしたから大丈夫」
「台所の掃除を終えたから大丈夫」
「ブログを更新したから大丈夫」

とまあ、非常にくだらないことで良いので、小さな実績を積み重ねます。何が大丈夫なのか、正直意味不明なのですが、それでも「大丈夫」。

 焦燥感というものが、小さな怠惰の積み重ねから来ていることってありませんかね? やらないといけないことを放置していたり、後回しにしていたりすると、もやもやとした奇妙な不愉快さが残ったりしませんか? 当然ですが、そんなときは何しても楽しくないです。

 毎日を楽しみたいなら、小さな「大丈夫」を積み重ねてみるのって、案外おススメですよ。お手軽に出来ますし、そこまで大変なことでもないですし。

 「千里の道も一歩から」ですが、デカい不安も、小さな安心の積み重ねで崩すことが出来ます。何事も小さな一歩を積み重ねて、デカい結果に繋げたいですね。

 何言いたいかって? 「受験生は勉強サボるなよゴルア!!」ってことです、ハイ。
posted by Ecodog at 22:23| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

内閣府と引きこもり支援者の苦悩、そして諦観

 不登校・引きこもり対象のコラムなのに、ここ最近はそれらしいことを全く書いていなかったので、本業に戻ります。

 先に言っておきますが、長期当事者には悪い話題ですので、

「貴様! 俺のことを切り捨てる気かブルルルルル!!!」

みたいな感情論第一の人は読まないようにして下さい。CARPE・FIDEMは、現実を語るところですので。


 9月8日付のDIAMOND onlineに

「内閣府「ひきこもり実態調査」、40歳以上は無視の杜撰」
http://diamond.jp/articles/-/101238

という記事が載っていました。かいつまんで言うと、内閣府の引きこもり調査が、前回の問題点を何ら改善しておらず、40歳を過ぎた当事者やその他事情のある人々をカウントしていないため、実態調査としては全く意味がない、ということでしょうか。

 この記事を書かれた池上正樹さんという方は、私個人はお会いしたことはないのですが、これまでの流れを見る限りかなり誠実な発言をされているようで、私も度々参考にしています。(一部に、ちょっと「アレ?」という部分もありますが、それはまた別の機会にでも。)

 で、今回の記事について、内閣府の対応に池上さんは非常におかんむりの様子。リード文から、

一言で言うと、誰のためなのか、何のためなのかが見えてこない調査だった。

と、厳しい一発が入り、2ページ目のタイトルには、

「実態を捉えていない調査に、驚くべき内閣府の言い訳」

と、かなり攻撃的な調子で批判しています。強い意志の見て取れる文章です。

 で、折角なので内容を読んでみたのですが……。正直なところ、私の認識としては内閣府の対応は妥当であり、寧ろ「まあ、そうだろうな」というのが本音でした。別段、お役人様の肩を持つわけではないのですが、これは流石に仕方ないでしょうと。

 一言で言うと、お国の本音としては、

「40歳以上にもなって引きこもってる連中のことなんざ面倒見てられんよ」

ってことなんだと思います。

 これについては私も昔から言っていますが、引きこもりのまともな社会復帰は20代が旬で、30代入ると親の貯蓄と本人の能力次第、40以降は……なんですよ、ホントに。40超えても大丈夫なのってのは、相当特殊な条件の人だけで、バイトで食えるようにでもなれば、それだけで大変優秀です。

 丁度三年位前に、

「20は余裕、30ジリ貧、40以降はほぼ不可能」

なんてことをCARPE・FIDEMのコラムで掲載していたら、サイトが真っ赤に炎上して私もボコボコに(長期高齢当事者とその関係者から)叩かれまくったのですが、内閣府の中の人としては、それと同じ判断なんだと思います。私個人としては大変良い経験でしたが、「真実を語ると人は本気で怒る」ってのの良い証左でした。

 しかし、あれから結構時間が経ちましたが、長期の当事者は上滑りして高齢化するだけで、結局何も変わってないでしょう? つまりは、そういうことなんですよ。

 他にも、池上さんは、

「若者の生活に関する調査ということで、私どもの施策の若者の範囲が40歳以上ではない。厚労省のほうの仕事です」

 石田参事官は、そう繰り返した。


の部分を批判的に扱っていますが、これは逆に見れば、国側の基本姿勢がはっきり分かる良い例だと思います。

 組織の構成を見ればすぐに分かることですが、内閣府は社会全体の中で、生産活動の前線に近いエリアを管轄する司令部で、厚生労働省は、生産活動から離れたバックアップエリアを管轄する司令部です。軍隊で例えれば、内閣府がドンパチ担当の野戦司令部に該当し、厚生労働省が負傷兵の救護や、兵站活動を行う後方支援司令部のようなものです。

 その野戦司令部が、

「若者の生活に関する調査ということで、私どもの施策の若者の範囲が40歳以上ではない。厚労省のほうの仕事です」

と言っている。これは言い換えれば、

「彼ら(40歳以上の引きこもり)は前線の兵士として使い物にならん(生産活動をまともに行えるレベルにない)ので後送して(厚生労働省の方に回して)、前線の邪魔にならないようにすべし(全リソースを、若年層に投入するべし)」

ということになります。

 何かあると、お役人は変な人達から集中攻撃されるので、石田参事官は言葉を選んでいるのだと思いますが、本音はこっちにあるのでしょう。本気で何とかしようと思っているなら、前回の問題点は事前に解消した上で調査するでしょうけど、してないようですし。つまり、内閣府的には最初から狙って40歳以上を無視しているのではないかと。仮に、次回の調査で対象範囲が広がったとしても、ウルサイ方々の矛先をかわすのがメインの目的になるでしょう。

 長期高齢の当事者へのサポートが本格化する局面があるとしたら、それは内閣府や、経済産業省のお役人でさえどうにもならない程に日本の労働力人口が低下し、「動いてるものなら何でも動かせ!!」ってな機運が高まったときだけだと思います。もっとも、経団連の方向性は技能ありの外国人労働力を優先していますし、コンビニ労働者の動きを見ていると、実際は引きこもり支援なんかするよりは、外国人労働者の受け入れの方が現実的なのかとも思います。


 ところで、長期高齢当事者がまともに社会復帰するのに、どれ位費用かかると思いますか? あくまで独自試算ですが、そんなに間違ってないと思いますので、参考までに年額を出しておきましょう。15歳から引きこもって、40歳を突破した25年の引きこもり(社会経験なし。社会に出る気はあり。)が具体例です。

1:基礎サポートスタッフ(800円/時)

 単純に言えば、簡単な話相手になってくれる人達で、カウンセラーなどの専門職ではない人達です。ボランティアがあれば良いですが、本格的な対策には数が足りないでしょう。

週3回2時間程度で最初は1名。段階的に増やして、最終的には3名前後

1600円×12回×12か月=230,400円

交通費
500円×12回×12か月=72,000円

※交通費は一回往復500円として。
※実際は、後ほどスタッフ人数が増加するので、もう20〜30%程高くなる。

年額合計30万円〜40万円


2:医療費(カウンセリング等や投薬等)

月3,000円〜20,000円×12か月=36,000円〜240,000円(医療保険有効として)

※個人差があるので、バラつきが大きい。不要な人もいるが、長期当事者の場合は少数派。
※実際は、保険で3割負担でコレなため、実質的な社会全体での負担は120,000円〜800,000円

年額合計 12万円〜80万円


3:社会参画活動での費用

 要は、仕事に就く前の準備段階で、何かしらの予行演習をしておくための費用です。どこかに旅行に出掛けたり、買い物をしたり、ボランティア活動をしたりする費用と考えると分かりやすいでしょうか。

月10,000円〜30,000円(活動程度に応じて)

※こちらも、活動レベルは個人差があるので、バラつき大きい。一般論的な範囲で。

年額合計12万円〜36万円


1〜3の合計 54万円〜156万円

 比較的手が掛からず、軽度な人で50万円前後、何かと手間のかかる重篤な人で150万円前後です。因みに、これは移動アクセスの良い都市部での効率的運営があってのものですので、地方ではもっと額が増えると思います。また、その他細々したものは一切入れてませんので、雑費も含めると、10%〜20%位は軽く増えると思います。長期の引きこもり当事者が予定通り動くことなどまずありませんので。

 で、これが大体5年間は継続的に掛かります。かかるものの内訳は年度によって変化しますが、何かが出れば何かが引っ込みますので、そこまで大きな変化はないと思います。一般的に、1年引きこもった人が元のレベルに戻るには1年、5年引きこもった人が元のレベルになるには5年はかかります。なら、25年引きこもったら25年かかるのかというと、あくまで完全復帰までが25年なんであって、通常の活動は5年程度でも何とかなります。

 ただ、それでも5年は掛かります。中学生から何ら成長の無い中年男性・中年女性を、最低限のレベルにまで上げるのですから、ある意味必要年限なのでしょう。つまり、安く見積もって250万円、多いと800万円近くの支出になります。

 また、高齢の引きこもり当事者の総数を15万人と仮定すると、

54万円〜156万円×15万人=810億円〜2340億円

 初期設定の通り、「本人のやる気がある」とか、「細かな雑費は除く」というかなり甘い見積もりでやってますので、この範囲に収まることはないと思いますが、本気で長期高齢当事者の社会復帰を支援しようとすると、これ位が一年間での最低支出になります。個人的には、今後増加する長期当事者を勘案すると、実際は5,000億円が妥当な額だと思っています。尚、これはあくまで「出る」だけの話です。仕事のための職業訓練等は含まれていません。

 因みに、調べたところでは、27年度に少子化対策のための子ども・子育て支援新制度に必要とされた費用のうち、国の負担分が丁度が2,000億円程でした。毎年生まれる子供の数が100万人前後であることを考えると、引きこもりのそれは非常に優遇されたものにしか見えません。しかし、ガチ勝負かけるなら、これが最低ラインです。


 と、これが一つの現実なのですが、それにしても、こんなこと本当にやる意味あるんでしょうか? 改善したとしても、せいぜい自分の身をギリギリキープする程度の経済活動ですし、実際はそれさえも正直疑わしい。個人的には、税金の無駄遣いと罵られても、文句は言えないレベルだと思います。そんなことするお金があったら、子育て世代に全投入する、或いは、10代〜20代の不登校・引きこもり当事者に全振り分けした方がよっぽど効果的です。

 こんなことは、私程度でも少し調べれば出来るのですから、お役人が出来ないことなどあり得ないです。よって、

「分かっちゃいるけど、無駄だってのははっきりしている。だけど、それらしいことを言っておかないとウルサイ連中もいて、そこはそこで封じておかないといけない」

 こんな実情を踏まえた上で、今回の内閣府の発表ってのは出て来たんじゃないかと推察します。お役人さんのつらいところなのでしょう。


 それにしても、お役人さんのみならず、池上さんも大変だと思います。上記のことなんて、多分池上さんもとっくの昔に分かっていて、本音では「高齢当事者はもう無理」って感じてるんでしょう。本音では分かっていても、立場的にこのように憤らないといけない板挟み感を、文面の中から何となく感じます。文の最後には、

改めて高齢化する現実に則した詳細な調査や検証が早急に望まれるのではないか。

とは言っていますが、支援を要請するとは言っていません。誠実な人だと思います。そう言えば、筑波大の斎藤環先生も同じような感じでしたね。現場知ってれば知っているだけ、「こりゃ無理だわ」ってなりますもの。

 長期高齢当事者とその関係者は、もうこれ以上「自分達を助けろ!」なんて主張は止めた方良いと思います。晩節を汚すだけですよ。折角、そこまで続けた「引きこもり道」。最後は皆に迷惑をかけることなく、潔い最期を迎えるよう心の修養をするのが、一人間としても好ましいのではないでしょうか。

 尚、この「晩節を汚さず、ただ消えゆくのみ」って発想は、私の個人的友人である長期高齢当事者の人達から出たものです。「支援支援」「金出せ金出せ」とやかましいのがいる一方で、「自分は自分なりの生き方があります。社会には出ません。でも、これでいいんです」って人もいます。カッコいいと思いませんか? 私は好きですよ、こういう武士道っぽいの。

 金を伴う、俗世の対策は、長期高齢当事者にはもう不可能です。ならばいっそのこと、心を正し、精神的素養を突き詰めた「美しい死に方」を模索するのは、大変素晴らしいことです。文化は経済の爛熟期に特に強く出ますが、今こそまさにそのとき。500年後の子孫が、「武士道」や「茶道」ならぬ「引き道」を評価し、新渡戸稲造や千利休と同等の人物が輩出されたりなんかしたら、これはもう大変愉快なことです。

 別にいいじゃないですか、家から出なくたって。長期高齢当事者に求められているのは、まず最初に「他者を害さないこと」です。引きこもり関連の殺人事件とかたまにありますが、ああいうことをしなきゃいいんです。子育てで忙しい兄弟姉妹の足手まといにならず、子供間で平等に受け継いだ親の遺産で、生きられるだけ生きる。そして、最期のときが来たら、従容として死を受け入れる。

 そして、二つ目に、若い人達に自分達の姿を隠さずに見せる。何もしないとどうなるのか、誠実に伝えていく。恥ずかしいとか何とか言っても仕方ない。引きこもりも、50年達成すれば大物です。ギレン閣下よろしく、「今こそ、新時代の仙人の底意地を見せるときである!」なんて宣言したら、結構皆応援すると思いますよ。


 いつかまた別の機会に書きますが、これから最も嫌われる存在は「弱者でい続けたがる弱者」です。社会保障を食いつぶし、一生懸命生活を支えている誠実な人達を踏み潰す、最低の存在です。こうならなければ、何でも良いと思います。要は、真面目に社会を支えている人達の邪魔だけはするんじゃない、と。

 今回の池上さんの記事が、またより良い問題提起になることを期待して。そう言えば、引きこもりとは関係ないですが、もう一つ別の話題もありますので、近いうちに掲載したいと思います。
posted by Ecodog at 23:15| Comment(2) | 脱ヒキの要点(当事者編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする