2016年12月22日

自分で蒔いた種でもないのに 咲き乱れた花摘まされる

 「1年に1回、当座の生活に関わる小さな決断を、5年に1回(10年に1回だったかな?)、人生に関わる大きな決断を」

という気持ちで毎年過ごしているのですが、今年は何故か大きな決断が2つ位ありました。来ないときは何も来ないのですが、来るときはドドンと来るようでございます。10年前は何も考えず何も抱えていなかったのに、加齢と共に抱えるものが増えてきて、腰骨も緩やかに湾曲しつつある今日この頃です。

 毎日毎日は忙しさに追われているだけなので、その時々は何ら大したこともしていないように感じるのですが、思い返してみれば、案外大したことをしているのかも。そう考えてみれば、一応の成長はあるのでしょうか。判断一つに悩みも多く、年齢を重ねても、不惑には程遠いようです。

 それにしても、三十路過ぎて思うことですが、加齢と共に全く自分と関係の無い話で責任を負わされることが増えました。偶然、高校の親友が久しぶりに東京に戻ってきたので、場末のバーで飲み明かして同じ話をしたところ、彼も全く同じ意見だとのこと。年齢によるものなのか、立場によるものなのか分かりませんが、いかんともし難い話です。もっとも、私の仕事の半分は責任を取ることですので、それはそれで仕方のないことなのでしょうが、責任ってのは大変なものですなあ……。

 ただ、責任は増えるほどに、人間としての成長を感じることが出来ます。成長とは、何らかの負荷を通じて遂げられるもので、無責任な生き方に成長はあり得ないのかも知れません。

 そんなことを考えていたら、昔聞いた曲の歌詞が急に思い出されました。年度末ですし、今度カラオケで熱唱してやろうと思います。

仲井戸麗市 「遠い叫び」
http://www.kasi-time.com/item-27578.html

https://www.youtube.com/watch?v=DPwEtNvFjjE

posted by Ecodog at 19:33| Comment(2) | 徒然なコメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする