2013年10月17日

コメントへの回答

 以下の文面は、過去の記事

『ようやく「まとめ」が出来そうです。』
http://eco-dog.seesaa.net/article/366507397.html

のコメントへの返信です。文が長くなってしまいましたので、こちらに掲載致しました。


>もし良ければ斎藤先生の意見が知りたいです。

 当時の斎藤先生のtwitterですが、当該コラムへの反論箇所と思われる部分を抜粋しておきました。

ひきこもり支援サイトの中の人が「40過ぎたら詰み(キリッ」 「30過ぎれば9割方アウト(ドヤァ」 とか直言して話題になってるみたいだけど、当事者の“ネガティブで絶望的な断言こそがリアル”と受け取ってしまいがちな自傷的自己愛につけこむ手法は支援者としてどうなんだろう。

足元を見るのは商売の基本、とでも割り切っているのかな。不登校の青田刈りをするために親の危機感を煽るってやり方は、未熟な支援者が一度はハマるパターンだ。僕にも覚えがある。こういう叱責を当事者やその親が真に受けてしまうという現状があるうちは、戸塚ヨット校長も意気軒昂でいられるわけだ

珍しく本業絡みでちょっとだけ注釈しておけば、単純に今のひきこもり人口の平均年齢が32歳なんで、30過ぎて9割アウトなら俺はいったい何のために戦っていたのかと。

「30過ぎたら詰み」みたいなことは20年前くらいの支援現場ではよく言われてた。まだ30過ぎは圧倒的に少なかったから言えた。今現場を知ってる人は言えない。だって30代が半分以上占めてるんだから。

僕のいる現場では40代からの初診で就労、というケースもあるから、軽々しく「詰み」なんて言えない。「◯歳以上は就労は無理」なんて言い方は、いつわりの権威を維持するための虚仮威し。年齢が上がるほど困難になるのは事実だけど、「絶対無理」なんてことはない。

ただ、確かにいきなり正規の労働は難しいことも多いから、本当はもっと中間労働市場が利用しやすい状況があればいいんだけど

中間労働市場とは、通常の労働条件の下ではまだ働けないが、能力はそれほど低くない者のための場所。正規雇用と福祉作業所の中間。労働時間や業務内容の負担を軽くするかわり、賃金は応分に支払う形での就労とかね。

最大のモデルは、スエーデンの国営企業「サムハル」。ここに勤務するおよそ22000人の労働者の、実に90%以上が障害者とのこと。サムハルは工場作業や清掃業務、高齢者支援などに人材を派遣し売上高868億円(2008年当時)にのぼる大企業。

東京でもサムハルやらないかな。国営ならぬ「都営企業」で。猪瀬さんぜひお願いします

正直、最初の就労は日雇い派遣がけっこう良かったりします。あと旧称ゆうメイト(今は期間雇用社員)とか@sis_azure グッドウィル(日雇い派遣)→登録型派遣という感じで働くようになりました。働きたい時に働いてすぐにお金もらえるシステムは徐々に戻って行くのにありがたかったです。

ひきこもりやニートに対する恫喝(三〇過ぎたら詰み、云々)は、親はともかく当事者のインセンティブにはなり得ない。惨めな将来像をこれでもかとあげつらうことは、実際には目の前の当事者の存在を直接おとしめ、辱める行為にほかならないから。

体罰もそうだけど、こういう叱咤激励の型は、脊髄反射的にやっちゃうんだよね。僕も覚えがある。なぜ脊髄反射なのかっていえば、そういう叱咤激励を過去にされてきたから。反射を変えるのは意志と知性だろうけど、多くの場合はそれが期待できない以上、ルールで縛るしかないんだろう。

これは綺麗事でも他人事でもない。だって四半世紀前に僕の師匠がこれやってえらい目にあったんだから。このへんにその記事が。 http://d.hatena.ne.jp/about-h/20050413 … 要は「不登校は無気力症になる」的な発言をして学会や人権団体に叩かれて撃沈。

以後僕は「あのIの弟子」呼ばわりで、まともに話を聴いてもらえない状態がしばらく続いた。現実に不登校はひきこもりと無関係ではないけれど、それは不登校全体の1〜2割が長期化する(ひきこもる)という程度のもの。社会資源も多いし大多数はなんとかなる。

「当事者に恥をかかせない」は治療や支援の最も基本的なルール。不安や恥で人は動かない。萎縮するか硬直するだけ。不安や恥で人は動かない。大事なことなので二回(ry



 最終的なまとめはコラムで掲載する形になるのですが、取りあえず今後まとめる予定の項目について、要旨だけコメントしておきますと、

1:推察では、斎藤先生は、当該コラムの趣旨は認識していらっしゃらない

 これについては話すと長くなりますが、取りあえず読めば分かる部分もありますので、後ほど。多分、ざっと流し読みだけして「けしからん!」となったのではないかと。勿論、けしからん部分があることは私も理解しているのですが、ある程度相互理解に時間が必要かと思っています。


2:twitterでのご意見と、その後のメールでの返信との間に整合性が見えない

 twitterへのご意見が「未熟な支援者が一度は〜」のように手厳しいものだったので、こちらの勉強も兼ねてメールでご意見を伺ったのですが、私信になった途端、急に手のひらを返すような対応(この場合は悪い意味ではなく、急に手厳しさが消え、こちらを応援するような姿勢に切り替わる)となりました。無論、社交辞令を含んでだと思うのですが。

 ただ、斎藤先生も立場のある方ですし、そこをどうこう言うつもりはないのですが、個人的には「あれ?」という感じです。因みに、先生同様、ネット上ではコラムの内容を厳しく追求する一方、個別に具体策を伺うと、

「その点について、一度お会いして話をしたい。弁解したい」

とか

「本当は、そこまで非難するつもりはない」

のような主張を後からされる支援関係者の方が何人もおり、正直なところ「……」な状態です。「じゃあ、あの批判は何だったんですか?」と。支援関係者にも、「批判はするけど、具体策は出さない」という返事が多く、正直ガッカリでした。

「具体策はないが、アンタらが間違っていることは間違いない」

ってな意見の方が、寧ろ清々しい位です。批判をするなら、せめて先生のように、分かりやすい具体策を出すのが筋かと思います。


3:全体的に希望的観測が多く、具体的対応策に現実性がない

 具体策を挙げられたのは、事実上先生ただ一人なのですが、その具体策がスウェーデンの「サムハル」なのが、嬉しくもあり悲しくもあり、です。仰りたいことは分かるのですが、現実性はほぼゼロですので。

 概算ですが、サムハルの収入は868億円で、そのうちの500億円が政府の補助金だそうです。925万人のスウェーデン王国と、1億2,500万人の日本。単純人口比で見ても、二桁違う日本で同じことをやれば6,750億円の政府補助金が必要となる計算なのですが、これをどこの会計から引っ張ってくるのか。推察では、障害保健福祉費の項目が近いのでしょうが、これは直近の予算で1兆1,000億円ですから、半分以上です。社会福祉予算全体で見ても、4兆8,000億円しかないのですから、多分無理。福祉行政先進国スウェーデンの行政効率に、日本が勝るとも思えませんし。

 確か、事業仕分けで消滅した若者自立塾の予算が15億円あるかないかですから、6,750億円は、ほとんどネタに近いものがあります。

 現実には、以下のDIAMOND onlineの記事にあるように、もっと小規模な要望でさえ届きません。

「引きこもり家族会が厚労省担当課長らと面談「40歳以上の支援要望」には回答なく、苦笑い 」
http://diamond.jp/articles/-/15859

 といっても、これは厚労省のお役人が悪いわけではなく、単に予算を出せないのだと思います。表面的には大人の対応をしていたにしても、

「ただでさえ国の財政が逼迫してんのに、40過ぎてもまだ自立せん連中を、いつまでも税金使って国がサポートする気なんかないわ」

というのが、偽らざるところの本音でしょう。若い人は将来性もありますが、中年人材で経験も無いとなると、生産性は地に着きます。(尚、名誉のために言っておきますと、この要望を出したKHJの池田理事長は、一人間として非常に立派な方です。有効な具体策がほぼ皆無な点が残念ですが、懸命に責務を全うされているのでしょう。)

 しかも、サムハルの話は障害者の方がターゲットであり、引きこもりは恐らく関係ない。もっとも、この関連で、「引きこもりを障害者に認定せよ!」的な「???」な親達は昔からいたので、「依存癖のある親ってのは、いつも上手いこと考えるなあ」とは思うのですが。

 日本版サムハルも、現実には机上の空論となるか、或いは、現実化されても現高齢当事者には間に合わない。仮に間に合っても支援対象にならず、のいずれかに落ち着きそうな様子です。どの道、国を頼る選択肢は存在せず、自分の足で立つしか手は無いのだと思います。


4:主張と対策とがダブルスタンダードになっている

 今回の斎藤先生のご意見の中核は、

僕のいる現場では40代からの初診で就労、というケースもあるから、軽々しく「詰み」なんて言えない。「◯歳以上は就労は無理」なんて言い方は、いつわりの権威を維持するための虚仮威し。年齢が上がるほど困難になるのは事実だけど、「絶対無理」なんてことはない。

の部分にあると思います。ただ、この

>「絶対無理」なんてことはない。

の背後には、「まあ、10人に1人位だけどね」という「見えない注釈」が、常時つきまとっている気がします。個人的にも、「絶対無理」等とは思っていませんし、第一「絶対」なんて胡散臭い表現は、私もしていませんが、10%の理想像を表に出す一方、twitter上では90%の現実像を隠しているように見えるのです。私は90%の現実像を表に出していますが、先生は、その逆姿勢かな、と。

 ただ、隠していてもどうしようもないので、先生もその辺に対する話題はきちんと提示されています。岩波ブックレットの「ひきこもりのライフプラン」がそれですが、要は、

1:親の資産で食いつないで生き残りましょう
2:それがダメなら、生活保護や障害年金で生き残りましょう


です。個人的には、かなり「……」なのですが、他ならぬ先生ご自身が挙げておられるのですから、高齢引きこもり当事者の今後は、大体このどちらかに落ち着くのでしょう。

 ただ、個人的に気になるのが、2でストップする当事者がどの程度いるのか、です。生活保護の引き締めは周知の事実ですし、「引きこもりを障害者に!」は、正直かなり無理がある上、予算も無い。2で止まらなければ、事実上の「詰み」です。

 先生は、

>軽々しく「詰み」なんて言えない。

と仰っていますが、軽々しくなくとも、2で停止しない以上、もう既に「事実上詰んでる」高齢当事者の方が主流なのではないかと思えるのです。

 以上のような事情により、twitterでは批判的意見を仰っていましたが、先生ご自身も、高齢当事者がまっとうな形で社会復帰出来るとは考えていないように見えました。

 ただ、私個人としては、その点を突いて先生を批判するつもりはありません。事実上不可能にもかかわらず、それでも「大丈夫!」と言い続ける先生は、高齢当事者にとっての精神的支柱であり、自分達を支えてくれる最後の砦なのだと思います。

 結果、今回のコラムの件についても、

http://hkst.gr.jp/opinion/4064/

のように、助けを求める人も出てくる。先生は、立場上あのように言うしか他に手が無いのだと思います。

 私個人は、所詮ただの現実的事業屋であり、それ以上のものは特にありません。時代の流れを見る限り、自分の頭で思考し、自分の体で行動し、活動を続けた人は何とかなる。逆の人は、誰からも見捨てられて死ぬだけ。そんな実情を鑑み、

「放っておけば皆死んでしまうし、どうせ誰も助けてはくれないから、余裕のあるうちに現実対応をしましょう」

と言っているに過ぎません。

 幸い、CARPE・FIDEMには、経歴がどうあれ、それなりに意識レベルの高い人や、能力的に優れた人達が集まりますから、その後はどうとでもなってしまいます。ただ、斎藤先生が抱えている当事者は、必ずしもそうではない。重い石を抱えて格闘している先生を指して、

「センセイは随分苦しそうですねえ? オレの石は軽いですけど?」

などという恥さらしな発言は出来ません。先生は尊敬こそすれ、批判すべき対象ではないのです。

 あえて言うなら、周囲の当事者とその関係者側は、先生がもう少し楽になるよう配慮すべきだとは思います。先生に依存し、意見を求めるのは良いのですが、少しは自分の意見を出し、自分の足で立つだけの姿勢を見せるのが筋でしょう。

 再度、改めて問題を洗い直し、先生にはお伺いする予定ですが、最終稿が確定次第、コラムに掲載したいと思います。今はどう見ても時間が足りませんので、掲載は来年になるかも知れませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
posted by Ecodog at 01:23| Comment(20) | 徒然なコメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何かただ単に斉藤さんへ文句を言ってるだけにしか見えません
大村さんは自分の意見や考えが否定されて怒っているだけじゃないですか?
Posted by まなみ at 2013年10月17日 16:02
斉藤環氏も本音はあなた方と同じ考えなのではないかと思います。あなたがたがおっしゃてるとおり立場上そういわざるをえず、あたかも高齢引きこもりにも結構チャンスは存在するかのように私たちに思わせているだけだと思うのです。斉藤氏とメールで批判に対するやりとりがあったのは知りませんでしたが、彼の著作などを見る限り、手のひらを返したような反応になるだろうなとは思いますね。私には絶望しかないですが本当のことをいう支援団体も必要ですね。ばかな高齢当事者には。
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月17日 16:03
たびたび失礼します。あなたが斉藤環氏を尊敬しているなんて、そりゃないでしょう。このブログの文面に「センセイは随分苦しそうですねえ。オレの石は軽いですけど?」などという恥さらしな発言は出来ません。ってもう完全にバカにしてんじゃん、しかも言っちゃてんじやん、と私は思いますけど。あなたたちの会社は心理的なことばかり言う人が嫌いな集団ですよね。コラムなどみる限り。私はそういう心理マニアではないですが、自分は心優しい人間だと思っていた、あなたたちのいうところの、無能な人間です。あぁ傷ついた。立ち直れねぇー
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月17日 16:53
たびたび失礼します。先ほど書き込んだことで間違えました。自分で自分を心優しいと思っているような人間は、あなたたちのいうところの無能な人間ではなく、社会がそう断定している人間ということですよね。本当に無能であると自覚しているのなら、有能になる努力をしなければならない。ただそれだけ。コラムの対談でも見ました。身にしみすぎる言葉です。斉藤環氏に代表されるような、高齢引きこもりに対する甘い見方をする人達ではなく、あなたがたのような活動をしている人達が高齢引きこもりがいかに可能性がないのかを述べる機会がなければいけないと思います。テレビなどで発言してもらいたいです。当事者にとっては辛辣であるとは思いますが、世間のさらし者になるなり、強制的に労働を課すなりされなければならない存在の者であると思います。自分もそうなんですが。
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月17日 23:29
>まなみさん

>大村さんは自分の意見や考えが否定されて怒っているだけじゃないですか?

 そんな、否定されて怒るなんて、いくら私がスッカラカンで中身の無い人間だとしても、流石にそれはないです。第一、意見や考えが否定されるなんて日常茶飯事ですし、いちいち腹を立てていてはキリがありませんよ。

 私のスタンスとして、まなみさんに知っておいて頂きたいのは、

「否定的意見だからといって、相手を全否定しているわけではない」

という事実と、

「肯定的意見だからといって、相手を全肯定しているわけではない」

という事実です。

 確かに、私は斎藤先生のご意見とは対立していますが、それが先生への否定となるわけではありません。意見が合致することなど、寧ろ稀な方で、対立する意見をどのようにすり合わせ、お互いに妥協出来る落し所を模索するかが、もっとも大切なことなのです。

 私の意見の中に、先生への否定があることは事実ですが、それを持って「文句」としか見ないのは、まなみさんの読解力上の問題です。最低限、文脈を見る訓練をして下さい。これは、単純に国語力の問題ですので、訓練で十分に解決可能です。頑張って下さい。
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月18日 00:00
>長期高齢当事者さん

 あ、すみません。大村です。

 実は、たった今、長期高齢当事者さんへの返答を書いて掲載しようと思ったところなのですが、ギリギリで追伸があったようですので、改めて書き換えた方が良さそうですね。今日は寝ないといけないので、ちょっとお待ち下さい。

 ところで、二つ目の書き込みですが、間違いがあるようでしたら削除しておきましょうか?
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月18日 00:05
返信に対し、失礼します。全文が間違っているわけではないので削除して頂かなくて結構です。文面自体が矛盾しているとは思いますが、あなたが斉藤環氏をバカにしているように感じましたので。それか、あなたと斉藤環氏によるプロレスかとも思いましたので。
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月18日 10:26
結局これらの文章を見る当事者にとっては(私もですが)

10%の希望と90%の絶望 どちらを理由にして行動し始めますか?
と、これだけのことなんですよね。
(数字は恣意的)

焦りを推進剤にして行動し始めるのか
希望を推進剤にして行動し始めるのか

結局両者言ってることは相反するものではありませんし
自分にあったスタンスの文章を選べばいいだけの話かな、と思います。

 ここや、齋藤先生の文章を読むべき方というのは

”現状のまま動かなければ自然寿命よりも前に死ぬ”

といった前提があると思いますので。
これらを依存する理由でなく、動く理由として捉えなければならない所が重要ですが。

依存する方法というのもあるにはあるのでしょうが

10%成功がつかめる自立と
0.1%の成功がつかめる依存(国等への)
(数字はあくまで恣意的、現実はもっとひどい数値、差になりそうですが)

の選択肢で後者をすすめるというのは
営利だろうが非営利だろうが支援とはいえないでしょうしね・・・(実態はともかくとして)

例の文章も90%の絶望と書きましたが
実際は贔屓目に読んでも結構な希望が見え隠れしているように感じました

引きこもっていると、とにかく刺激が少なくなってきますので何かきっかけがないと動きにくいです。

 内容が正であれ負であれ、脳みそに大きな衝撃を与える文章はいいものだと思います。

話の骨子は単純なのに取り巻く環境や立場、感情により話が歪んでいってしまうのでなかなか大変ですね。

 齋藤先生との議論、建設的に話が進むといいなぁ、と期待しながらまたブログを見に来ます。
Posted by N at 2013年10月18日 12:05
あっ、と・・・・
書いたあとに気付きましたが
一つの点だけ失礼にあたる、もしくは話がこじれる原因みたいな論点を書いちゃってるので
何か問題あったら消しちゃって下さい。
どことは言いませんが、あくまで当事者側の意見であって
支援者側の立場の人間への配慮に欠けている所があると思いましたので・・・・
Posted by N at 2013年10月18日 12:14
ザッと流し読みしただけですがコメントさせてもらいます。全くの的外れになったらごめんなさい(前置き)


ヒキ本人の私としても斎藤氏には同意できない部分が多々あると思ってました。
おそらく私がまだ20代で、今から死ぬ気でやれば、まだいくばくかはどうにかできる状態であるからだと思います。

斎藤環氏がターゲットにしている層は、おそらく30代半ば以降・・・

このブログでもたびたび言われていたことですが「ほぼ人生を詰んでいる」層なのではないかと。

>1:親の資産で食いつないで生き残りましょう
>2:それがダメなら、生活保護や障害年金で生き残りましょう


斎藤氏が著書などでも書かれていたこの部分。私は以前から違和感を感じていました。「引きこもりはもうすでに手遅れでどうすることも出来ない状態。社会や他者に依存しなくては生きられない。」そう言われている気がしました。

今にして思えばもう手遅れのヒキ目線からおっしゃっているのではないかと思います。ヒキから支持されている斎藤氏ですが、それは「もうすでにどうしようもない」状態だからこそ斎藤氏を支持するのではないかと。
見方を変えれば、斎藤氏はヒキを「かわいそうな人たち」と位置付けているようにも思えます。


斎藤氏は長期高齢ヒキの味方には成り得ますが、正直高齢ヒキの手助けとなるような道を示すのは斎藤氏一人の力では無理なのではないかと思います。


私もいずれは起業して、引きこもりやニートなどの能力の低い人を雇えるくらいになればよいと考えていますが、自分自身のことすら何もできていないので厳しいです。

「最低時給みたいな低賃金だけれども、それに見合った仕事内容で、特に厳しくも言わない、1年後に仕事内容をこなせるようになってもらえればいい」

安く雇うが、仕事内容はそれなり。
どちらにとってもwinwinのような形になれば、それなりに働ける人も出てくると思うのですが、厳しいでしょうねえ。現在は低賃金なのに、責任もあり仕事もキッチリこなさなくては非難される。


バブル期ならば許されていた人たちが排除されてるのが現状だと思います


バブル期に普通に働けていた人たちが、不景気の今となっては仕事に追われて精神的にもキツキツ。当然バブル期にもギリギリの出来損ないは今は叩かれ排除されます。


余裕がない社会だからこそ、以前は大丈夫だった人でもダメになってるんですよね。
コストカットなどをしなければ生き残れないから、ますます職場環境も悪くなります。ゆるく働けて多くは稼げないけど、生きるだけならば十分。そういう会社ができればいいんですけどねえ。
Posted by 7年ヒキから社会復帰を目指す者 at 2013年10月20日 13:32
>長期高齢当事者さん

 削除の件、確かに承りました。それでは、そのまま残しておく形で返信致します。


>斉藤環氏も本音はあなた方と同じ考えなのではないかと思います。あなたがたがおっしゃてるとおり立場上そういわざるをえず、あたかも高齢引きこもりにも結構チャンスは存在するかのように私たちに思わせているだけだと思うのです。

 当然のことですが、立場のある人は、必然的に叩かれやすい。正面から受ける空気抵抗の大きさを考えれば、先生の応対は寧ろ自然であり、保身にならないレベルでのギリギリの誠意すら感じます。色々意見はあると思いますが、先生は立派だと思います。


>斉藤氏とメールで批判に対するやりとりがあったのは知りませんでしたが、彼の著作などを見る限り、手のひらを返したような反応になるだろうなとは思いますね。私には絶望しかないですが本当のことをいう支援団体も必要ですね。ばかな高齢当事者には。

 正直なところ、真実を告げる対象は、若年当事者に限定すべきだと思います。個人的な推察ですが、今後の引きこもりへの対応は、現実的対応が可能な群と不可能な群とでスッパリと分離され、前者には真実を含んだ現実的社会復帰策が提供され、後者には幻想を含んだ安楽死的対応が提供される形になると思います。

 個人的推察でなくとも、既に現場での対応は、分かっている人達同士での「アイコンタクト」で決定されているような気がします。無論、後者でも特に意欲の高い層や、経歴のしっかりした人には現実的対応を伴うこともあるでしょうが、実質的には少数派となるでしょう。


>あなたが斉藤環氏を尊敬しているなんて、そりゃないでしょう。このブログの文面に「センセイは随分苦しそうですねえ。オレの石は軽いですけど?」などという恥さらしな発言は出来ません。ってもう完全にバカにしてんじゃん、しかも言っちゃてんじやん、と私は思いますけど。

 ん? 長期高齢当事者さんのご意見を伺う限り、この文面の含意はご理解頂けると思ったのですが、ちょっと分かりにくかったかも知れません。申し訳ない。


 言い換えましょう。この、

>「センセイは随分苦しそうですねえ。オレの石は軽いですけど?」

の文面、本当に言ったら、それこそ恥さらしも過ぎることだと思いませんか?

 現実には、私の抱える課題はショボイものです。確かに、CARPE・FIDEMには多種多様な経歴の人達が集まりますし、それは事実ですが、所詮、そこそこの高いスペックを保持した「話せば分かる頭の良い連中」しか来ないのです。(と言うか、そのような人達しか入りたくなくなるような工夫がされているのです。)

 少し前にも、来年度参加希望者の面談を行いましたが、皆ヘラヘラ笑いながら言うわけです。

「コラム読みましたよ。薄々感じてはいましたが、ようやく裏づけが取れた。で、どんな手があります?」

 とまあ、最低限の世情を読む力があるのです。このように、私は多少無能でも、集まる人間のレベルが高いので、最終的には何とかなってしまう。


 しかし、斎藤先生はそうではありません。より困難で、難しい事例にも逃げずに応対し、しかも彼らに対して「大丈夫! 心配するな!」と語り続けているのです。

 受験で例えるなら、私が即答可能なセンター試験の問題を解いている横で、斎藤先生が、東大の二次試験を解いているわけです。そこで私が、

「いえ〜い! オレ数学100点まんて〜ん! あれ? 先生は半分しか取れてないの?」

なんてぬかしていたら、失笑を通り越して、爆笑ものでしょう? つまりは、そういうことです。

 先生は、私なんかよりも遥かに難しい課題に挑み、そこで格闘している。逆に、私は安全地帯から、

「サムハルなんてものは、現実性がね……」

などと、幼稚なことをほざいているわけです。どちらが立派な営みをしているか、誰を呼んでも分かることでしょう? ただそれだけのことです。立場上、言わんといけないことを言っているだけで、先生に対する否定的感情など、最初から少しもないのです。


>あなたたちの会社は心理的なことばかり言う人が嫌いな集団ですよね。コラムなどみる限り。私はそういう心理マニアではないですが、自分は心優しい人間だと思っていた、あなたたちのいうところの、無能な人間です。あぁ傷ついた。立ち直れねぇー

 優しいから無能と言いますか、「優しく、かつ有能でなければ無価値」というのが、これからのスタンダードになるだけのことで、優しいだけでは無価値なのです。最低限の誠実さや優しさは、普通に生きていれば、誰であっても手に出来るもの。しかし、周囲の人々に施しまで出来る有能な人は、そこまで多くはない。だからこそ、最低限の能力、即ち「優しさ」を備えた上で、人々の役に立つ人間に価値が生まれる。多分、そんな変なことは言ってないと思います。

 また、「心理が嫌い」についても実はどうでも良いことで、自分の無能っぷりを隠蔽し、心優しさに逃げる人達は、世間一般よりも遥かに「心理」が大好きだ、という現実を突いているだけのことです。自分の無能さを隠すために「心優しい心理派」を気取り、気付いたら手遅れになった「自称心優しい心理好き」がどれ程いることか。本人が何と言おうと、こんな生き方は愚かとしか言いようがありません。

 その点への批判はありますが、他はどうでも良い、というのが、こちらでの本音です。第一、現代では心理学は新興ながらも重要な側面を間違いなく持っている。それを、自分達の都合の良いように悪用する、一部の卑しい人間に厳しいだけのことです。

 「心優しいこと」は、大半の人は持ち合わせている当たり前であり、実はそれほど価値はない。結局は、そういうことではないかと。「優しさ」にいつまでもすがっていると、いつかその優しさ溢れる「優しさ」から「ふざけんじゃねえ! いい加減にしろ!!」と、絶縁状を叩きつけられますよ。


>斉藤環氏に代表されるような、高齢引きこもりに対する甘い見方をする人達ではなく、あなたがたのような活動をしている人達が高齢引きこもりがいかに可能性がないのかを述べる機会がなければいけないと思います。テレビなどで発言してもらいたいです。当事者にとっては辛辣であるとは思いますが、世間のさらし者になるなり、強制的に労働を課すなりされなければならない存在の者であると思います。

 そんな必要はありませんよ。時々勘違いされますが、私は高齢当事者を罵倒するためにこんなことを書いているのではありません。最初から彼らには何も言っておらず、まだ間に合う若年当事者、或いは、高齢でも意識レベルの高い当事者へ注意を喚起しているのです。

 従って、高齢当事者が手遅れだとしても、「世間のさらし者にする」などという尊厳を踏みにじる行為は認められません。(これは、斎藤先生も仰っていましたが。)寧ろ、可能性の乏しい残存する人生が、少しでもマシになるようにすべきでしょう。強制労働についても、本質的解決策とは無関係です。

 現実案とは、その場限りの感情論ではありません。その点だけははき違えないように。
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月21日 02:02
>Nさん

>結局これらの文章を見る当事者にとっては(私もですが)
>10%の希望と90%の絶望 どちらを理由にして行動し始めますか?
>と、これだけのことなんですよね。
>(数字は恣意的)

 さよでございます。


>依存する方法というのもあるにはあるのでしょうが

>10%成功がつかめる自立と
>0.1%の成功がつかめる依存(国等への)
>(数字はあくまで恣意的、現実はもっとひどい数値、差になりそうですが)

>の選択肢で後者をすすめるというのは
>営利だろうが非営利だろうが支援とはいえないでしょうしね・・・(実態はともかくとして)

 この点、少し調べてみると面白いです。国や地方自治体からの補助金を期待している親達は、後者を全面的に肯定し、前者を凄まじい勢いで攻撃してきます。(私も、今回の騒動でこの種の人達から「自立なんて、余計なことを言うな!」と、文句を言われました。)

 当事者だけが叩かれがちですが、引きこもり当事者の自立については、案外変なところに敵がいます。それらしい顔をして、「弱者保護を!」なんて訴えている人物がいたら、ちょっと要注意のようです。

 また、他の例に漏れず、引きこもり関連業界も、下に落ちる程、補助金の連鎖が続く悪循環が存在します。即ち、

1:最初から、国や地方自治体からの補助金が目当ての親達

2:その受け皿となる、収益性に乏しく自立運営の出来ない事業者(自立運営が難しいため、NPO法人が多くなる)

 別段、NPOが悪い訳ではないのですが、最初から補助金ありきで支援側自体が経済的に自立していないのに、当事者本人に「自立しろ!」等と言っても、説得力がない気がします。


 昔、23区内をいくつかのチームで下調べをしていたところ、満面のドヤ顔で、

「区からこんだけ補助金を取ってきたぞ!」

と、得意げに話す中年のNPOの理事(長?)に出会い、「いかに補助金を取るか」について、小一時間「講義」を受けたのですが、いい年した大人が、このご時勢にこんな話題を振ってくるようでは末期です。


 つまり、最初から自己資金投入を念頭に入れていない親達と、国から補助金が下りることで、運営が円滑になる事業者との間には、はっきりとした利害の一致があるのです。かつて存在した若者自立塾が、「補助金目当ての事業者ばかりで……」のように批判されていましたが、構図的にはそこまで違わないように見えます。

 メディアで登場する引きこもり系の話題についても、何故か「気の毒な当事者への理解を」だとか「高齢当事者が経済的危機に」等のテーマに集中し、そこから脱却した人の話題が出にくいのですが、これには、Nさんの言うところの、

>0.1%の成功がつかめる依存(国等への)

を狙って運動している人達が、当事者サイドにも支援側サイドにもいるためです。

 逆に、

>10%成功がつかめる自立

へ向かう人は、とっくに社会に出てしまっているので、引きこもりなんて詰まらない話題は、正直どうでもよくなっている。


 高齢当事者が現実的自立案を嫌うのは、自分が切り捨てられることへの恐怖が原因のようですが、同時に、引きこもり当事者周囲の人々にも、自身の利害関係の問題から、現実的自立案を嫌う人々がいます。結果、自立が目的にもかかわらず、現実的自立案を提示すると、何故か噛み付く人達が発生するという、よく分からない状況になっています。


>例の文章も90%の絶望と書きましたが
>実際は贔屓目に読んでも結構な希望が見え隠れしているように感じました

 今回のコラムの件でも、「かつては引きこもり。でも今は楽しく」みたいな方々がきちんとコメントして下さいました。沢山ありますが、一例だけ挙げておきます。

https://www.facebook.com/kunitoshi.hoshino/posts/404642396292302

星野 邦敏
02/03
タイムラインに偶然流れてきた記事。不登校ではなかったけど、大学卒業後から27歳までの5年間何もしなかったので、正直ココに書かれていることと同じことを感じてました。社会人は起業している今も含めて8年目。努力して復帰したという認識です。


 実は、若いうちからきちんと先を見据えて行動していた人達は、少し引きこもっても何とかなってるのです。逆に言えば、長期高齢当事者は、はっきりとした計画性と行動履歴がない。結果、社会に出る力もなくジリ貧に陥っている。

 長期高齢当事者には、「オレがこうなったのは云々……」みたいな人が沢山いますが、その背後には、引きこもりながらも戦略を練った人達がそれなりにいる訳で、彼らを無視して話は出来ないでしょう。引きこもり業界は、成功者を隠蔽したがりますが、実際には相当数存在します。

 優秀な人間ってのは、どんな状況にも希望を見出すものですし、無能な人間ってのは、どんな状況にも絶望しか見ないものです。後者を議論していても、社会は何も変わりません。大切なのは、前者です。


>齋藤先生との議論、建設的に話が進むといいなぁ、と期待しながらまたブログを見に来ます。

 またのお越しをお待ちしております(笑)。自分はまだしも、斎藤先生はお忙しい方ですから、あまり邪魔にならないようにしておきます。


>何か問題あったら消しちゃって下さい。
>どことは言いませんが、あくまで当事者側の意見であって
>支援者側の立場の人間への配慮に欠けている所があると思いましたので・・・・

 ??? 不備は特にないと思いますが?

 支援者一般に対する配慮不足で不適切な項目でしたら消しておきますが、CARPE・FIDEMへの批判でしたら、消しませんので容赦無くどんどん書いていって下さい。褒められて浮き上がる組織よりも、批判されて逞しく成長する組織を目指しておりますので。

 応援ヨロシク!
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月21日 02:13
>7年ヒキから社会復帰を目指す者さん

>ヒキ本人の私としても斎藤氏には同意できない部分が多々あると思ってました。
>おそらく私がまだ20代で、今から死ぬ気でやれば、まだいくばくかはどうにかできる状態であるからだと思います。

 多少遅れても20代は結構イケますから、あまり心配せんで大丈夫ですよ。CARPE・FIDEMでも基本20代が中心で、資金的に余裕があるなら30代でも何とかなってます。


>斎藤環氏がターゲットにしている層は、おそらく30代半ば以降・・・
>このブログでもたびたび言われていたことですが「ほぼ人生を詰んでいる」層なのではないかと。

 ええ、それはその通りです。


>>1:親の資産で食いつないで生き残りましょう
>>2:それがダメなら、生活保護や障害年金で生き残りましょう
>斎藤氏が著書などでも書かれていたこの部分。私は以前から違和感を感じていました。「引きこもりはもうすでに手遅れでどうすることも出来ない状態。社会や他者に依存しなくては生きられない。」そう言われている気がしました。

>今にして思えばもう手遅れのヒキ目線からおっしゃっているのではないかと思います。

 ええ、公言していないだけで、先生もそのおつもりだと思いますよ。違和感を感じる人はまだ大丈夫な層で、「当然の権利だ!」とか言ってしまうのが、手遅れ層です。


>ヒキから支持されている斎藤氏ですが、それは「もうすでにどうしようもない」状態だからこそ斎藤氏を支持するのではないかと。

 そりゃそうですよ。自分のこれまでの人生を批判する人間など、誰が支持します? ただでさえ「引きこもり」なんて言われて辛い立場にいれば、肯定的意見に耳を傾けるのは当然です。


>見方を変えれば、斎藤氏はヒキを「かわいそうな人たち」と位置付けているようにも思えます。

 いえ、多分それはモノによりけりだと思います。若年層については、普通に可能性を感じていらっしゃるでしょう。一方、引きこもりの中でも、最後まで残った手遅れ層については……ってところでしょう。


>斎藤氏は長期高齢ヒキの味方には成り得ますが、正直高齢ヒキの手助けとなるような道を示すのは斎藤氏一人の力では無理なのではないかと思います。

 斎藤先生のみならず、多分誰であっても無理ですよ。如何せん、数が多過ぎます。よって、代替的現実案として、見込みのある上位層だけを汲み取る方式に切り替わっているのです。中〜低位については、恐らく今後も具体策は出ないでしょう。だから、「安楽死政策になってるぞ〜。気をつけろよ〜」と、何度も言っているのです。



>私もいずれは起業して、引きこもりやニートなどの能力の低い人を雇えるくらいになればよいと考えていますが、自分自身のことすら何もできていないので厳しいです。

 志は良いと思います。何事も、まずは「気持ち」から。まあ、まだ20代ですから、強気に出ておいて損はないですよ? どうせ、試みの大半は失敗するのです。挑んでナンボです。


>安く雇うが、仕事内容はそれなり。
>どちらにとってもwinwinのような形になれば、それなりに働ける人も出てくると思うの>ですが、厳しいでしょうねえ。現在は低賃金なのに、責任もあり仕事もキッチリこなさなくては非難される。

 グローバル化の時代、近隣に優秀で低賃金の人材がゴロゴロいるなか、それなりの仕事内容では金は貰えません。頭一つ抜けていることこそ、「仕事」なのでしょう。


>バブル期に普通に働けていた人たちが、不景気の今となっては仕事に追われて精神的にもキツキツ。当然バブル期にもギリギリの出来損ないは今は叩かれ排除されます。

 不景気も一つあるのですが、影響的に大きいのは「インターネット」と「PCの普及」でしょうね。これのせいで、かつての下位ホワイトカラーが従事していた単純労働のかなりの部分が削除されてしまった。つまり、単純作業系の仕事しか出来ない人間は、一部を除いて、そもそも存在として不要なのです。場合によっては、会計士などの専門職すら、今後は危ない可能性があるのですから。

 現状で引きこもりとなっている群も、昔なら下位ホワイトカラーとして雇用の中に吸収され、そこそこに家庭も維持出来たのでしょうが、今はそれも不要。結果、居場所もない。
ブルーカラー方面にはまだ逃げ道もあるのですが、特有の体育会系組織ですから、早い段階から動いていないと、馴染めずに強制撤退。

 この点で個人的に注視しているのが、中〜底辺大学を出た30過ぎの引きこもり当事者です。まさにこのゾーンが、かつての下位ホワイトカラーのポジションにいる訳で、上にも上がれず、かといってブルーカラーワークに馴染むには遅すぎる。彼らが「DQNだ!」と罵る中・高卒の若者にもあっという間に抜かれる、今「最も必要とされない人材」です。或いは、最初から分野分野でリーダーシップが期待されている上位の大卒でも、要のリーダーシップが発揮出来なければ不要です。

 不景気も原因ではあるのですが、社会全体が、「人に指示されないと動けない」などの自主性の無い人間や、「何をやって良いのか分からない」という判断力の無い人間、「何もしたくない」などの無気力な人間を必要としていないだけです。誰かが悪いというのではなく、社会全体がそのような段階にスライドしているのでしょう。

 逆に言えば、経歴がどうあれ、人のやっていないことを実行した人間には、いくらでもチャンスがある。学歴がどうのこうのも、所詮瑣末な話です。

 後は、その現状を見た上で、

「で、オレはどう生きようか?」

という問いに対する解があるだけで。


>ゆるく働けて多くは稼げないけど、生きるだけならば十分。そういう会社ができればいいんですけどねえ。

 本当にそれを狙うなら、田舎で野菜でも作って生活する方が現実的ですよ。本気で「生きる」を考えるなら、金なんて二の次。要は「食い物」があれば良いのです。原始社会ではないのですから、農業生産性は十分に高い。過疎地域のジジババの雑多な手伝いを10分100円位でやりながら暮らしていれば、自分1人食う位どうとでもなります。

 それに、集落の平均年齢が60歳の地域なんて、もう珍しくもないでしょう?

「40以上の高齢ヒキは未来がなくて〜」

なんて言ってるのが馬鹿馬鹿しくなりますよ、ホントに。


 はっきり言えば、私も今は東京の千代田区くんだりで、CARPE・FIDEMなんてヤクザで詐欺みたいな仕事(と言うより遊び?)をしていますが、最終目標は「田舎でNEET&引きこもり生活だイエイ!」を狙っています。割と本気で。

 実際にそれをやると、激怒する人達が今は大勢いるので、しぶしぶ今の生活に流されて我慢していますが、本気でやろうと思えば、この程度の発想は出来るはずです。

 他にも、私に72時間与えて貰えれば、今検討している別会社の設立と運営その他諸々を一挙に仕上げ、別側面から社会に挑んでみたいと思っているのですが、結局全ては「時間」です。要は、やる気があるかないかで。

 行動する人間は、いつであっても行動していますし、行動しない人間は、いつでもあっても行動しない。どちらを取るかは個人の問題で、善悪の問題でもありません。

 結構自由なんですよ、今は。
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月21日 02:27
大村さん、あなたは、働き者ですね。2時過ぎに返信されるとは。本当ありがとうございます。                                         それに、今回のやり取りをしてらっしゃる方々、文章読みましたが、皆、しっかりした文章で読んでて、感心させられます。                           もう、自分は長期高齢なので、安楽死政策やってくれないかなー。それだけしか思えなくなってきました。
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月21日 11:06
 安楽死政策というのは多分既に実施されてることだったような。
支援者のキャパシティーを超えた部分にいる多勢に対して事なかれ主義を貫くことじゃなかったかなと思います。



ここまで話が進んでどうしてあとひとこと・・・・

なーんて思ってしまうのですが

ここがまずひとつの深い隔たりなのでしょうか。
自分はビジョンは概ね描けたので粛々と進めてまいります。
Posted by N at 2013年10月22日 18:05
> 長期高齢当事者さん

>大村さん、あなたは、働き者ですね。2時過ぎに返信されるとは。本当ありがとうございます。

 こちらこそ、コメントありがとうございます。もっとも、働き者と言うか、生活の一つみたいなもので、働くのとは少し違うかも知れません。今の流れは10年近いですが、今だに趣味感覚が抜けません。


>それに、今回のやり取りをしてらっしゃる方々、文章読みましたが、皆、しっかりした文章で読んでて、感心させられます。

 案外、引きこもりがどうとかは関係ないと思います。社会に出ていても、何も考えていない人は考えてないし、引きこもりでも、考えている人は考えている。

 後者には結構面白い人物が多いので、私もここの代表をやってるんですけどね。個人的には、引きこもり云々はどうでも良いことです。


>もう、自分は長期高齢なので、安楽死政策やってくれないかなー。それだけしか思えなくなってきました。

 まあ、どう生きるかは人それぞれですから。あまり世間一般の思想に流されず、

「自分が何をやったら人生楽しくなるか?」

とか、

「自分の周囲の人達が楽しく生活出来るか?」

等を突き詰めてみるのもお奨めですよ。所詮、人生なんて死ぬまでの暇潰しです。気楽に行きましょう。
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月22日 21:32
>Nさん

> 安楽死政策というのは多分既に実施されてることだったような。
>支援者のキャパシティーを超えた部分にいる多勢に対して事なかれ主義を貫くことじゃなかったかなと思います。

 ええ、とっくの昔の最初から既定路線ですよ。不思議なのは、事なかれ主義を実行してきて状況悪化に加担してきた人達が、何故か本当のことを言われると怒る点でして。

 今回のコラムの件でも、誰が事なかれを推進してきたか、大筋検討がつきましたので、成果は上々です。後は、この流れで身の振りの決心のついた人達が、どれだけ行動に移すかでしょう。CARPE・FIDEMへいらした方々だけでも結構な数ですから、軸足の分かる人達の動きは早かったみたいです。この点は、安心して大丈夫です。


>自分はビジョンは概ね描けたので粛々と進めてまいります。

 いいですね。NさんはNさんで、面白い方向を模索して下さい。私は私で、複数の手を模索中です。成果が出たら、一度報告して頂けると嬉しいですね。

 失敗はあれども、上手く進むと良いですね。応援しています。但し、健康には気をつけて。
Posted by 大村悠輝 at 2013年10月22日 21:35
先日、僕が、皆さんの文章がしっかりしてるなぁと言ったのは、引きこもっている人にしてはなどと思ったのではなくて、素直に、大人の人の文章としてしっかりしていると思ったのです。すいません。うまく表現できずに。僕なんかは、改行も空欄もうまくできないものですから。後、安楽死政策に関してもNさんや大村さんの言ってることだと認識しつつこれまた、言葉足らずでした。僕のようなものは強制的に死刑のようなものにならなければいけないと思っておりますので。長期高齢引きこもりなんぞには人権も何もない、罪人です。
Posted by 長期高齢当事者 at 2013年10月22日 23:33
>長期高齢当事者さん

 すっかりご無沙汰になって申し訳ありません。

>僕のようなものは強制的に死刑のようなものにならなければいけないと思っておりますので。長期高齢引きこもりなんぞには人権も何もない、罪人です。

 そう言えば、以前取り上げた話題に、似たようなものがありました。

「過去にしがみついて前進するのは、鉄球のついた鎖を引きずって歩くようなものだ。囚人とは罪を犯したものではなくて、自分の罪にこだわり、それを何度も繰り返し生きている人間のことだ」

Henry Valentine Miller 米国の小説家

http://www.carpefidem.com/column007.html#top

 この話題に従えば、確かに長期高齢当事者さんは、罪人なのでしょう。結局のところ、罪人を作るのは周囲の人間ではなく、当事者本人ということでしょうか。
 
Posted by 大村悠輝 at 2013年11月13日 23:59
私はCarpe Fidemの考え方に賛成です。この精神科医の方は曲解していますね。

30過ぎて引きこもりのままならば9割方はそのまま引きこもりで終わるというのは、まず受け入れるべき現実でしょう。

この方曰く「僕のいる現場では40代からの初診で就労」とのことですが、それはいったい何人いるのでしょうか?それは微々たる人数ではないのですか?そしてそもそもその就労先はどんなところで、その先さらにはきちんと正規雇用にまで何人が行き着いたのでしょうか?

Carpe Fidemのコラムを読めば明らかですが、まだ若くてやり直せる引きこもりを救おうとしています。そして既に社会の現実として実質正規就労不可になってしまった高齢引きこもりのようになるのを、事実を若い世代に教えることで阻止したいと書いています。でも私はそれだけでも彼らは十分人を救っていると思います。全員を救うのはそもそも無理なんです。

この精神科医の方の仕事を否定する気はありません。可能であれば高齢引きこもりも上手く自立できるに越したことはありません。しかし高齢ほど引きこもりを脱するのが難しくなるのは事実ですし、Carpe Fidemにそこまで押し付けるのはお門違いだと思います。

(ちなみに私は宅浪してその間引きこもり状態で勉強して何とか理Uに入りました。また落ちたらどうしようという強い不安感がありましたが、我慢して何とか勉強を続けることで合格できました。今は自立して結婚して外国で働いていますが、1歳でも若い内にやはり実利への行動をするべきだと思います。)
Posted by 猫 at 2017年04月21日 22:06
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