2014年09月21日

自分を黙殺すること

 何かに詰まったときって、どうします?

 時間が取れるとき限定ですが、私は自分の意志を黙殺したりしてみます。

 やり方は簡単です。

「やりたいことをやらず、やりたくないことをやる」
「普段やっていることは一切やらず、普段やっていないことだけをやる」

それだけ。自分の主張は一切無視。全部正反対。

 誰しも「詰まる」ことってあると思いますが、詰まっているときは、行動が画一化と言いますか、無限ループと言いますか、兎に角「不変」になっていませんか? 同じことばかり延々と考えていたり、変わらない毎日を続けるだけだったり。自分が煮詰まっているのは、煮詰まるようなことしかしてないためではないでしょうか?

 そんなとき、自分の行動を強制変更します。基準は簡単です。全部逆に動くだけです。有無を言わさず。逆の軸を何にするかは気分によりけりですが、とりあえず「逆」。

 不思議なもので、これだけでも別の世界が見えてくることがあります。普段なら行かない場所。絶対にやらないような冒険。話しかけないような人。そもそも、お喋りな自分だったら、話すらしなかったり。

 世界が素晴らしく見えるなら、それはその人自身が素晴らしい人物だからであり、世界が詰まらなく見えるなら、それはその人自身が退屈な人間だからでしょう。しかし、世界を素晴らしく見ようとするにも、若干の工夫が要るようです。

 社会人になって責任が増えるとそうも言ってられませんが、時間に余裕があればかなりのことが出来ます。物事の判断はその人の本質だと思いますが、時間の使い方も同じだと思います。時間のある人は、時間のあるうちに、是非自分の知らぬ「逆の世界」に飛び込んでおきましょう。若いうちしか出来ないよ、こんなこと。

「画一化された無限ループの行動を一度放棄し、全く違う世界に飛び込んでみる」

 現実にロックされた、しがない31歳の野望でございます。
posted by Ecodog at 18:47| Comment(4) | 徒然なコメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>世界が素晴らしく見えるなら、それはその人自身が素晴らしい人物だからであり、
>世界が詰まらなく見えるなら、それはその人自身が退屈な人間だからでしょう。

個々の人間に「退屈」や「素晴らしい」といった性質が
実体として宿っているわけではないとは思いますが、
やはり、希望を持ってまっすぐに生きている人の周りには自然と人が集まり、
その人たちから「素晴らしい人」といった評価を受けるでしょうし、
逆に、希望を見出せずに空虚な生活を送り続けてしまうと、
周りから「退屈な人」という評価を受けてしまうのでしょう。

私は最近見るもの全てが悲しく見えてしまいます。
世界がそのように見えるのは、やはり私が悲惨な人間だからなのでしょうか……。
今のような状態のまま生涯を終えるということは、
それこそ悲しいことなので、なんとかこの状態を変えようと
行動を起こしてはいるのですが、
如何せん自分が経験したことがないものを想像するというのはなかなか難しく、
思った通りに事が進まないことに苛立ちと焦りを感じてしまっています。
そんな煮詰まった状況を変えるため、
普段は絶対にしないネットへの書き込みをしてみました。
私にとっては大冒険です。


世の中での自分の立ち位置、役割を自覚し、
かつ、その役割を果たすことの出来る十分な力を持ち、
その上、そういった自分を認めてくれる仲間が周りにいる。
そういった人生を送ってみたいものです……。

世間からはぐれてしまった、悲惨な24歳の希望でございます。
Posted by medium at 2014年09月24日 00:00
>mediumさん

 はじめまして。CARPE・FIDEM代表の大村と申します。押韻に優れたご返信ありがとうございます(笑)。

>個々の人間に「退屈」や「素晴らしい」といった性質が実体として宿っているわけではないとは思いますが、

 仰る通りかと思います。


>やはり、希望を持ってまっすぐに生きている人の周りには自然と人が集まり、その人たちから「素晴らしい人」といった評価を受けるでしょうし、逆に、希望を見出せずに空虚な生活を送り続けてしまうと、周りから「退屈な人」という評価を受けてしまうのでしょう。

 私達は人間ですが、人間も生き物ですから、「生きること」が最前提になっています。そのため、生きる力のある人は自然と尊敬の対象になるでしょうし、その逆は否定的評価から逃れられなくなると思います。もっとも、後ろ向きな集団の中にいるなら、場合によっては「死」へ向かうことが高評価になるのかも知れませんが。


>私は最近見るもの全てが悲しく見えてしまいます。世界がそのように見えるのは、やはり私が悲惨な人間だからなのでしょうか……。

 理由が何かは分かりませんが、最近急にそうなったのでしたら、季節とか気候のせいってことはありませんか? 私は、例年六月になるとイマイチ気分がしっかりせず、夏は普通で、秋口は物悲しい気分になることが多いです。毎年、春先に元気が無くなる人もいるみたいですが、そういった傾向はないでしょうか?

 単純に気温とか気候とかいった要素でそうなるなら、例年の流れを見てみると良いと思います。蓋を開けてみたら、「気圧が低くなって死にたい気分」なんてオチかも知れませんよ?


>今のような状態のまま生涯を終えるということは、それこそ悲しいことなので、なんとかこの状態を変えようと行動を起こしてはいるのですが、如何せん自分が経験したことがないものを想像するというのはなかなか難しく、思った通りに事が進まないことに苛立ちと焦りを感じてしまっています。

 普通、新しいことは大抵上手くいかんものだと思います。私も、丁度今自動車の教習中なのですが、最初はクラッチ一つ繋がらないわ、スムーズなブレーキも出来ないわで滅茶苦茶でした。

 ですが、しばらくやっていると人間の体がシステムに適合してくるようで、最後の見きわめでは非常に良い評価を頂きました。最初の七転八倒ぶりからは想像も出来ない位です。

 物事が上手く進まないときに大切なのは、

1:やり方を間違えていないか確認する
2:継続を止めない

の二点だと思います。このチェックのために、エネルギーをどれだけ投入するかが課題です。

 例えば、どんなに頑張っても、全く成果が出てないなら、それは方法がおかしいのでしょう。速やかに修正すべきだと思います。ただ、仮に微少だとしても成果があるなら、現状にふて腐れず、とりあえず継続することです。

 私も、高齢の方からは、

「最近の若いモンは辛抱が足らん!」

とかよく言われますが、その通りかと思います。継続は力ですし、石の上にも三年いればそこそこのものにはなります。何をやってもダメな人の半分位は、単に堪え性がないだけです。(今の爺さん婆さんは、しんどい時代をしぶとく生きてきただけあって、その辺の事情を良く知っています。)

 自分で勝手に目標設定をして、それが適切かどうかも分からないうちから勝手に自己評価を下し、

「上手くいかないから止めよう」

なんて話は私も始終聞いていますが、意味無いです。上手くいかないから止めるのではなく、上手くいくまで続けるのが、その人なりの成功への秘訣だと思います。

「勝たなくても良いから、決して負けない」

という言葉は、世界を面白く見るためのヒントです。

 と、言うわけで、mediumさんが何をされているのかはさっぱり分かりませんが、成果が少しでも見えるなら継続をどうぞ。


>そんな煮詰まった状況を変えるため、普段は絶対にしないネットへの書き込みをしてみました。私にとっては大冒険です。

 大変結構なことです。私は、どんな類の冒険でも、それの出来る人間は非常に素晴らしいと思います。世界を拡げる覚悟の証ですから。私もまだまだ冒険が足りませんが、来年はもっと飛び出したいですね。


>世の中での自分の立ち位置、役割を自覚し、かつ、その役割を果たすことの出来る十分な力を持ち、その上、そういった自分を認めてくれる仲間が周りにいる。そういった人生を送ってみたいものです……。

 色んな人の人生を横目で見ていて思うのですが、結局、その人の人生はその人の望む形に集約されるようです。世界を広く見たい人には、彼の望む広い世界が展開され、自分の殻にこもりたい人には、それなりの人生が待っている。

「40 歳になったら、人は自分の顔に責任を持たねばならない」

というリンカーンの言葉があるそうですが、至極もっともなことだと思います。mediumさんが本当に望んでいるなら、放っておいてもどうせそうなりますよ。力を持ち、責任を背負える人間同士は自然と団結するものです。大した問題ではありません。


>世間からはぐれてしまった、悲惨な24歳の希望でございます。

 なら、そこから切り返す頭を持つべきでしょう。よくここでも言っていますが、20代なら楽勝です。悲観的になってる場合ではありませんよ?


 泣き言を言っている間に、新しい世界をどんどん見つけている人もいるのが現実です。自分がどういった生き方をしたいかなんて、どうせ行動一つで全てバレてしまうのですから、行動だけは止めないようにして下さい。継続は力なり、です。
Posted by 大村悠輝 at 2014年09月24日 21:44
どこの馬の骨とも分からない赤の他人の
弱音とも泣き言ともつかないコメントに対して、
ここまで丁寧な返信をしてくださったことに、
感謝を通り越して罪悪感を覚えます。
自らの人生を指して「悲惨」という言葉を使うような態度は
恐らく大村さんの最も嫌うところのものでしょうに……
大村さんの器の大きさを感じました。


気分はあれからすぐに回復しました。
原因は何てことない、ただの寝不足でした。
飼い猫が夜中に起こすんですよね。何度も。
ホントに、恨みでもあるのかってぐらいに。
どうも身体的疲労と寝不足が重なると、
過去の経験を元にして作られる、
苦痛や屈辱に満ちた未来の姿が頭の中を占めてしまい、
行動が鈍ってしまうようです。

意志の力で「これまでの流れを変える」と強く意気込んでみても、
過去の経験に裏打ちされた未来像はなかなかしぶとく、
容易には消えてくれません……。


>私は、例年六月になるとイマイチ気分がしっかりせず、
>夏は普通で、秋口は物悲しい気分になることが多いです。

なんと、大村さんのような経営者の方でも気分が優れなくなるときがあるのですか。
会社を経営なさっているような方は、不安や悔恨を一切感じることなく、
24時間365日、常に全力で仕事に奔走しているようなイメージがあったので意外でした。

そうですよね。人間である以上良いときと悪いときの波はありますよね。
調子が悪いときは悪いときで、仕方のないこととして受け入れ、
そうなった原因を探るなり、気持ちの下げ幅を小さくする工夫をするなりしたほうが良いみたいですね。


>色んな人の人生を横目で見ていて思うのですが、
>結局、その人の人生はその人の望む形に集約されるようです。

う〜ん、人生経験の乏しい私にはいまいちピンときません……。
私には、人生というものは運命に翻弄され、
望まない結果に行き着いてしまうものだと感じられます。
「望む形になる」ではなくて、「望む形に集約される」という表現をされているあたりに
何か深い意味がこめられているような気がしますが、
今の私にはまだ大村さんの言葉の真意を読み取る力はないようです。

>行動だけは止めないようにして下さい。継続は力なり、です。

少し焦りすぎていたのかもしれません。
地道な努力を続けて、一つ一つ実績を積むしかないですね。
その努力が実を結び、人生を振り返って自らを肯定できるようになるのは、
それこそ10年近くかかるのかもしれませんが、
この心理的負担は、
私のこの数年間の遅れを取り戻すために、
私が支払うべきコストなのでしょうね。

>泣き言を言っている間に、新しい世界をどんどん見つけている人もいるのが現実です

私ものんきに飼い猫にハイムリッヒマニューバーをかけている場合じゃありませんね。
体調に気をつけながら、
当面は目の前のやるべきことに集中しようと思います。

最後に改めて、
お忙しい中丁寧に対応して下さったことに感謝します。
励みになりました。
ありがとうございました。
Posted by medium at 2014年10月01日 00:00
>mediumさん

 返信遅れて申し訳ありません。大村です。

>大村さんの器の大きさを感じました。

??? 何故?


>気分はあれからすぐに回復しました。
>原因は何てことない、ただの寝不足でした。

「悲しみが増すのは睡眠が足らないからだ」なんて言葉があったような無かったような……。


>飼い猫が夜中に起こすんですよね。何度も。
>ホントに、恨みでもあるのかってぐらいに。

 それは可愛いですね(笑)。自分のウサギも顔面に乗ってきます。爪が痛い。


>どうも身体的疲労と寝不足が重なると、
>過去の経験を元にして作られる、
>苦痛や屈辱に満ちた未来の姿が頭の中を占めてしまい、
>行動が鈍ってしまうようです。

 具合が悪くなると、まず弱いところから出てきますからね。逆に言えば、そこから自分の弱点を洗い出せるのですから、好都合と見ても良いのではないでしょうか? その点だけ変えれば良いのですし。


>意志の力で「これまでの流れを変える」と強く意気込んでみても、
>過去の経験に裏打ちされた未来像はなかなかしぶとく、
>容易には消えてくれません……。

 瞬発的な力で変わることはまずないですよ。ゆっくりでも継続的に続ける努力の方が、ずっと効果的です。


>なんと、大村さんのような経営者の方でも気分が優れなくなるときがあるのですか。
>会社を経営なさっているような方は、不安や悔恨を一切感じることなく、
>24時間365日、常に全力で仕事に奔走しているようなイメージがあったので意外でした。

 そんな人間いませんよ(笑)。八月の中旬だって、うさぎを首に巻いてベッドに横になったまま、スマホでポケモンのウェブマンガ見て、

「大きくなったらポケモンマスターになるんだ……」

とか呟いてましたからね。幼児化してます。


>そうですよね。人間である以上良いときと悪いときの波はありますよね。
>調子が悪いときは悪いときで、仕方のないこととして受け入れ、
>そうなった原因を探るなり、気持ちの下げ幅を小さくする工夫をするなりしたほうが良いみたいですね。

 さよでございます。


>「望む形になる」ではなくて、「望む形に集約される」という表現をされているあたりに
>何か深い意味がこめられているような気がしますが、
>今の私にはまだ大村さんの言葉の真意を読み取る力はないようです。

 深い意味なんかないですよ。私の言ってることなんて、ほとんどがテキトーです。


>地道な努力を続けて、一つ一つ実績を積むしかないですね。
>その努力が実を結び、人生を振り返って自らを肯定できるようになるのは、
>それこそ10年近くかかるのかもしれませんが、
>この心理的負担は、
>私のこの数年間の遅れを取り戻すために、
>私が支払うべきコストなのでしょうね。

 だと思いますよ。まあ、そんなに難しく考えなくて良いと思います。ぶっちゃけ、軽く考えてる方が上手く行きますよ。心配しないで。


>私ものんきに飼い猫にハイムリッヒマニューバーをかけている場合じゃありませんね。

 それは自分もうさぎにやりたいなあ(笑)。教習所で習ったんすよ、それ。


>お忙しい中丁寧に対応して下さったことに感謝します。
>励みになりました。
>ありがとうございました。

 いえいえ。この程度でよければ、いつでもどうぞ。無理せん程度に頑張って下さいな。
Posted by 大村悠輝 at 2014年10月07日 23:19
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