2012年05月18日

不登校は絶望的か?

 気持ちは分かるのですが、今でも、

「不登校になったら、その段階で人生終了でしょうか?」

のような問がかなりあります。

 結論から言えば、

「今すぐ終了することはないけど、何もしないと人生終了です」

というのが現実でしょうか。

 CARPE・FIDEMは、一応「上位の大学へ行きたい不登校・引きこもり経験者向け進学塾」みたいなところであるせいか、彼らの言う「人生終了」となった卒業生は今のところいません。しかし、これは単にやるべきこと(勉強)をやるべきとき(10〜20代の青年期)に黙って実行してきたからです。「不登校」という状況下にいることを気に病む人は大勢いますが、不登校かどうかについては、正直どうでも良いことです。

 確かに、世の中には「不登校⇒人生終了」となってしまった人が大勢いますが、それは彼らが何もせずに悶々と部屋にこもっていたからです。一日中ネットに張り付き、ゲーム三昧、漫画三昧、アニメ三昧のような話をよく聞きますが、これで人生終了にならない方がどうかしているというものです。

 先を見据え、現実論に立脚しながら早々に動いた人が「人生終了」となることは、まずありません。世の中厳しくとも、まだそこまで苛烈ではないのです。逆に、賢い子ほど不登校という自由時間を有効活用し、これからの時代に挑んでいるように見えます。

 別段、ネットをしていてもいいですし、ゲームも悪くはありません。漫画やアニメも、楽しければ寧ろ続けた方が良いでしょう。しかし、それだけの毎日では、いつか人生そのものが破綻します。破綻の意味が理解出来、それを回避するために行動出来る子と出来ない子の違い。全ては、バランスの問題です。

 世の中を甘く見ていると人生終了。やるべきことを怠ければ人生終了。行動が遅過ぎれば人生終了。この辺は確かに現実的事実ですが、そこさえ回避していれば、不登校になろうと、そんなに酷い人生にはなりません。「人生終了」とは、自分で「終了」を引き寄せた結果論ではないでしょうか。
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2012年05月06日

不登校とその後について2

 一回飛んでしまいましたが、「不登校とその後について」の続き、「気付ける、気付けない」の違いについてお話を進めます。

 結論から先に言うと、現在では、

1:情報量
2:周辺環境
3:親と本人の意識


の三つが大きな分岐点となっています。


 1の「情報量」とは、「18歳以降の進路状況について、どの程度知識があるか?」です。

 調べれば誰でも分かることですが、定時制や通信制高校などから進める進路先は、一部を除いて、就職しても所謂ブラック企業、進学してもまともな仕事の無い底辺大学や短大、専門学校などが多く、進む前から「詰んでいる」ケースが一般的です。

 同時に、そこから抜けるには、

A:他人が持ってない特殊な能力や才能を持っている
B:一定水準以上の教育水準を確保する


の二択した選択肢がありません。しかし、Aなどは極めて稀で、スポーツや音楽、美術、将棋などで特異的な才能を持っており、高卒資格を確保するためだけに通信制に通っているような事例がメインですので、一般の不登校経験者とは無縁の話です。よって、現実的選択肢は、Bしか存在していません。

 以上のような情報を知っているか否かが、まず第一の分岐点となります。


 2の「周辺環境」とは、主に学校のクラスメイトの動向です。

 1のような情報を持っているメンバーが多ければ、自ずと危機意識が醸成され、行動も早くなります。しかし、何も考えていないメンバーが多ければ、「朱に交われば何とやら」というわけで、必然的に行動も遅くなり、チャンスも早々に逃げて行きます。

 「孟母三遷」ではありませんが、周囲の環境というものは、非常に大きな力を持っています。刹那的にしか考えられない者が劣勢になり、長期的展望のある者が優勢になるのは自然なことですが、自分を優勢な環境に置けるかどうかは、その後の流れを決める決定的要因の一つと言えます。


 3の「親と本人の意識」とは、以上のような事情を踏まえた上で、行動する意思があるか否かの問題です。 

 あまりこのような話をするのは良くないのですが、不登校経験者の中には、何も考えることが出来ず、完全に呆けてしまっているような者もいます。この場合には、先が無いことが分かっていても、全く無関心でいるケースがしばしば見受けられ、そのまま連続的に引きこもりやNEETになる例も珍しくありません。また、それに対して、親も完全に無関心で、その後がどうなるかについても、思考することが出来ない場合があります。

 経験則的には、将来について「親の意識レベルが高い」か「子供の意識レベルが高い」かのどちらかが確保されていないと、ほぼ100%NEET・引きこもり生活が確定しています。行動する意思の無い者に未来が無いのは当然ですが、これも大切な要素です。


 以上のように、基本的には当たり前の事柄が、不登校のその後を決める大きな要因となっています。3については無ければ論外ですので、3を確保している先見性のある方は、1と2について具体的に調査し、自分のキャリア形成についてじっくりと考えてみるのが良いでしょう。年齢も若くてやる気のある人にも道を閉ざす程、今は残酷な時代でもありませんし。


 
posted by Ecodog at 00:59| Comment(0) | 不登校関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

不登校とその後について

 多分、偶然だとは思うのですが、4月は不登校になったその後についてお話をする機会が多かったもので、少しこちらにも掲載しておこうかと思います。

 かなりアバウトではありますが、現在のところ、不登校になった子のその後のルートは、大体以下のようになっています。

1:小・中学・高校から不登校→そのままNEET或いは引きこもり

 これは、不登校関連では比較的オーソドックスなパターンで、「特に戦略も無いまま適当に生きていると、気付いたときにはこうなっています」という分かりやすいケースです。

 不登校のタイミングとその後の引きこもり期間にもよりますが、このルートで30歳を突破すると、9割方暗い未来へ一直線です。20代の半ばまでに具体性のある行動を取っておかないと、アルバイトにすら採用されなくなったり、適応不能になるなど、冗談抜きに人生が終了することがあります。

2:小・中学・高校から不登校→フリーター

 あまり多くはなく、稀に見かけるケースです。

 ただ、これは短期的な選択であることが多く、長期間続けるケースはあまり聞きません。あくまで、場繋ぎ的な意味合いの強いルートです。と、同時に、仮に長期間続けたにしても、単純労働に未来はありません。

3:不登校→定時制高校・通信制高校・高認

 これは、ある程度現実的戦略眼のある子のケースですが、その後の行き先によって、未来が大きく分岐します。即ち、

3-a:不登校→定時制高校・通信制高校・高認→一定水準以上の大学
3-b:不登校→定時制高校・通信制高校・高認→底辺大学や、就職先の無い専門学校等


です。

 3-aのルートを経過した場合、一応将来性は確保されているので、余程のことが無い限り、先行きに詰まることはありません。これについては、CARPE・FIDEMでは一般的なルートで、事例は豊富です。

 一方、3-bのルートについては、仮に進学しても、卒後の仕事環境が熾烈なことが多く、結局はNEET或いは引きこもりになる可能性が高いことから、一見すると進んでいるように見えて、結果的には問題の先延ばしにしかなっておらず、終着地点が1と同じになるケースがしばしば見受けられます。つまり、定時制や通信制高校に進んでも、その先を考えておかないと、結局元に戻ってしまう、ということでしょうか。

 先見性のある一部の子は、この危険性に気付いて行動しているようですが、少数派と言えるでしょう。以上のような事情があるためか、「不登校になったら人生終了」のような風潮が出てくるのかも知れませんが、先見性の有無は、能力の有無と実質的には同じことですので、仕方無いと言えば仕方無いのでしょう。何もしないから「人生終了」なのであって、不登校を経ても、「出来る子は出来る」というのが現実です。

 それにしても、この『気付ける、気付けない』の差はどこから出てくるのでしょうか? 次回は、この点について現場的な視点を掲載しておきましょう。 

 
posted by Ecodog at 01:49| Comment(0) | 不登校関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする