2016年10月15日

やっていることが上手くいかないときに考えるべきこと(その2)

 前に書いた項目

「やっていることが上手くいかないときに考えるべきこと」
http://eco-dog.seesaa.net/article/442631178.html

の続きをお送りします。


2:何のかんので自己否定していない

 この場合の自己否定というのは、「オレはダメなヤツだ……」みたいなのとはちょっと違います。どっちかと言うと、これはただの自己嫌悪で、あまり意味がありません。

 正しくは、「自分の行動を全く別のものにする」が近いでしょうか。

 勉強でも仕事でも何でもそうですが、周囲の人は上手く行っているのに、自分だけが糞詰まっている場合、それは大体「やり方が悪い」のが原因です。そのため、周囲の上手く行っている人のマネをするのが最も効果的です。無論、出来るものと出来ないものとがあるのは事実ですが、そのまま我流を突き通すよりは、はるかに有益です。

 また、この際に大切なのは、「言葉には価値はなく、行動だけに価値がある」と言う事実を意識することです。

 上記のような話をすると、

「分かってますよ。自分は自分の行動がダメだって知ってますよ」

「やり方が悪いのだって認識してますよ。だから変えようと努力してるんですよ」

なんて主張する子もいるのですが、「知っている」とか「分かってる」「認識してる」なんてものには、何の意味がありません。「知った上で、修正行動を行って」初めて意味が出て来るのです。


 丁度少し前に、同じような主張をする、

「面食いな上にチキンなので彼女が出来ない自分」

な卒業生の子とのやり取りが具体例になるでしょうか。


卒「いや、だから理工系は女の子少ないから無理っすよ」

E「まあ、それはあるだろうけど、他学部でもいいじゃん?」

卒「その場が無いですよ」

E「無いのは場じゃなくて、度胸じゃない?」

卒「そうかも知んないですけど、チキンのくせに面食いなんで」

E「前にも言ったけど、自己否定」

卒「してますよ。分かってますよ」

E「いや、してないって」

卒「してますって」

E「『チキン』も『面食い』も否定してないじゃん。自己否定ってのは『チキンだけど突撃する』とか、『面食いだけど、あえて相手の容姿は気にしない』ってことよ?」

卒「それはキツイっすよ」

E「でも、最低どっちかは変えないと何も変わらんでしょ?」

卒「まあ、そうですけどぉ〜」

E「クリスマスまでに、誰でも良いから彼女作ってきなよ。自己否定して」

卒「ええ! そんなん無理ですって! 三か月位しかないし」

E「自己否定」

卒「……」

E「変化は否定から」

卒「……作ろうとしたけど、フラれたとかってダメですか?」

E「問われているのは『彼女を作った』という事実ですぜ? 努力義務なんて聞いてないよ」

卒「……マジっすか?」

E「自己否定って、そういうことだよ?」

卒「……」

E「『相手がどんな人か?』は問題ではないからね。『彼女を作った』という行動のみに価値がある。どんなにクリーチャーな感じの容姿でも、世紀末覇者みたいな性格しててもいいんだからね」

卒「……」

E「論文の最初の授業憶えてるでしょ? 何でも良いから400文字で書けってやつ。何でも構わないので、書ければOK。白紙はNG。アレと同じよ」

卒「……」

E「自己否定」

卒「……やってみます」

E「おお、いいね。その返答が、既に自己否定です。吉報をお待ちしていますよ」


 上記のように、自己否定ってのは、結構「胃」に来るものもありますが、人間の成長って、これが基盤だと思います。

 自己否定の良いところは、する度に自分の世界が広がることです。一見すると間違った判断をしたように見えて、その実「自分の視野が狭かっただけ」だという現実に気付かされることがあります。

 大方、見ている世界の広い面白い人は、この自己否定が巧みです。自分の可能な限りの自己否定を順次取り入れていますし、自己否定に対する躊躇がありません。自己否定の度に、成長する自分を知っているからでしょう。

 逆に、世界の狭い退屈な人は、この自己否定を極度に嫌います。自分自身に自信がないためかも知れませんが、自己否定の結果として発生する成長を知らないのかも知れません。「引きこもり」とは、まさにこの典型みたいな行為です。長年見て来ましたが、長期引きこもり当事者に面白い人物がほとんどいないのは、ある意味必然だということでしょう。


 糞詰まっているときは、自己否定のチャンスです。ちょっとの苦しみの後には、まだ見ぬ世界が広がっています。自己否定の活用法を、是非日常生活の中に取り入れてみて下さい。
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2016年10月08日

やっていることが上手くいかないときに考えるべきこと

 今時期は特に増える話ですが、物事が上手くいかない(成績が上がらない)ことってありませんか? 何もしないで上手く行くなんてことはあり得ませんので、一生懸命やっての話です。一生懸命頑張っているのに、上手く行かない。何故でしょうか?

 さしあたり、私が見ている周囲で発生している具体例を挙げると、以下のようなものがあります。


1:出来る問題ばかり解いている・得意な範囲ばかり勉強している

 例えば、

数学10点
英語100点
国語80点

のスコアを取るA君がいたとしましょう。彼が成績を上げるために優先すべき科目は何でしょうか? 当然、数学ですね。英語をやっても、これ以上上げようがありません。国語もほぼ上限で、伸び白が少ない。しかし、数学はまだまだ伸びる余地がある。

 にもかかわらず、A君が「一生懸命」英語を勉強していたとしたら、どうでしょうか? 確かに、今後の社会展望を考えれば、英語のエキスパートになるのは大変有効で、否定すべき要素は一切ありません。しかし、試験では全くと言って良い程評価されません。要は、成績が上がらない。もう上限一杯まで評価されているためです。

 このような無駄をしてしまうのは、概してA君の保守的かつ怠惰、それでいて、勉強するという形式的姿勢だけは重要視する、歪んだ性格が問題だったりします。自分の得意な科目は、何をやっても解けるのですから、大変気持ちの良いものです。勉強したくなるのも自然なことでしょう。だから、「勉強」する。しかし、苦手な科目を黙々と進めるのは苦痛なものです。誰だって、逃げたくなるでしょう。だから、勉強しない。

 要は、A君は「勉強している!」と主張している一方で、その実得意科目の英語に「逃げている」だけです。パッと見の姿は勉強しているかも知れませんが、それは机に向かっているという外的イメージに過ぎません。

 勉強とは、知らない知識を新しく取り入れたり、解けない問題が解けたりして、そしてそれを維持管理して初めて成果に繋がります。これこそが勉強なのであって、既に出来るものを繰り返しやったとしても、それは勉強にはなりません。ただの「逃げ」です。

 「一生懸命勉強してる!」と言う主張は良い響きですが、A君のそれは「一生懸命逃げてる!」です。勉強なんか、少しもしていません。A君自身は勉強しているつもりかも知れませんが、それは勉強しているフリであり、現実には何もしていないのと同じです。


 表面的に勉強している姿を繕い、実際はサボっている。上手くいくはずありません。ただ、これは仕事でも同じことが言えます。

 ここでの要点は、

「上手く行かないときは、自分がやりたくないことから先に実行する」

です。やりたくないから、ノータッチになっている。結果、その部分がボトルネック化して、全体の進捗を妨げている。どの業界にでもよくある話です。

 やりたいことだけ実行する人と、やりたくないところから実行する人とで差がつくのは自然なことです。自分自身を騙そうとする水面下の意識を思い出すと、物事は少しずつ上手く進むようになります。
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2016年10月05日

「○○年生のときから学校へ行ってないんですけど、◇◇大学に入れますか?」

 あるある系の質問ですが、参加希望者の増える時期ですので、一つ回答をば。

 結論から言えば、学校に何年生までいた云々は、進学先には特に関係ないです。違いがあるとすれば、入学までにかかる日数だけです。

〇中学一年から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには三年、地方国公立やMARCHには二年要ります。

〇高校一年から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには二年、地方国公立やMARCHには一年要ります。

〇高校三年(有名進学校)から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには一年要ります。

 要は、「どれだけ時間がかかるか?」という点だけがポイントになります。

 逆に言えば、14歳からCARPE・FIDEMに入っていると、16歳で地方国公立の理工系学部、17歳の段階で一年早く東大or医学部に入るのと同じ程度の学力になりますので、これは都内の有名進学校に中学受験で入学し、優秀な成績を修めている子と並ぶ計算になります。(因みに、これと同じポジションにいる子は既にいます。)


 尚、経験則的には、

1:最低限の真面目さを持つ。(授業はサボらない、遅れない。)

2:予習・復習は指示通りに行う。(記憶の定着もきちんと行う)

3:学習方針に修正を求められたらきちんと変える。(我流に逃げない。)

の二点を守っていれば、上記のルートから外れることはほぼないです。「授業を延々とサボる、宿題も復習もしない、言われたことに従わない」等の場合や、健康状態の異状など、特殊な事情があれば話は別かも知れませんが、上記三条件を守っていれば、そこまで無茶苦茶な話にはなりません。

 と、言うわけで、参加をご検討中の方は参考になさって下さい。気になることがあるけど、電話とかメールはメンドイという方は、こちらのコメント欄でもご利用どうぞ。
posted by Ecodog at 19:52| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする