2012年11月24日

2013年度開講講座について

 既にウェブサイトでは告知済みですが、2013年度の開講講座が確定しました。具体的な授業日程は未定ですが、2013年度は「中学範囲速習」「大学受験理系基礎」「大学受験理系応用」の基本三講座が全て開講となる見込みです。

「CARPE・FIDEM2013年度開講講座」
http://www.carpefidem.com/news2012003.html#top

 尚、現状で既に「大学受験理系基礎」「センター国語」「センター倫理・政経」のクラスが定員間近となっており、満了次第締切となります。参加をご検討中の方はお早めにご連絡下さい。

 その他の詳細につきましては、確定次第また随時開示する予定ですが、お急ぎの方は、メール・お電話にてご相談下さい。よろしくお願いします。

posted by Ecodog at 21:46| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月24日

進学希望先について

 夏が終わりかけているせいか、最近また進学先関係の相談が増えて来ました。繰り返しになるかも知れませんが、もう一度小さくまとめておこうかと思います。

 不登校や引きこもり経験者で進学する場合、最低限考慮しておかないといけないのは、卒後の就職先の問題です。「勉強したいから」という理由で進学するのは決して悪いことではありませんし、それを否定するわけではありませんが、先のことを考えずに行った決断が良い結果に結びつくケースはそれほど多くありません。


 大学関連で見た場合、具体的には以下の二点を必ず確認しておいて欲しいところです。

1:底辺大学への進学はほとんど意味がない

 新設私大などが多いのですが、お金さえ払えば後はどうでも良い、という大学は沢山あります。無論、卒後の行先は期待出来ません。勉強せずに入れる大学は、何も学んでこなかった学生の行くところですから、卒後の状況が良いはずありません。寧ろ、歳を重ねた分だけ社会からの要求度も上がるため、加齢に比例して不利になる場合もあります。

2:20前半を過ぎての文系進学は好ましくない

 ここのような小さな組織にすら、難関大文系学部卒業で仕事の無い方からの問い合わせが時々やって来ます。無論、彼らの大半は30過ぎで、言うなれば「若年層の中の高齢層」です。

 理系進学の場合と異なり、文系進学の場合には「大学で何を学んだか?」よりも「若いうちに何をしていたか?」とか「今現在何歳か?」が問われることが多く、高年齢で進学してもアドバンテージはほとんどありません。場合によっては、「若さしか価値が無い」と言い切られてしまう場合さえあります。これは大変な侮辱ですが、若年層の方が仕事の呑み込みも早いのは当然ですから、仕方ないと言えば仕方のないことです。

 難関大出身だとしても、目立った社会経験無しに一定以上に年齢を重ねてしまえば、そのメリットも段階的に消滅していきます。進学することで誰もが目を見張るような能力を手に出来るなら話は別ですが、一般的な引きこもり経験者にとっては、幻想に近いものがあります。

 20歳を過ぎた段階で勉強を始めて文系進学を希望するなら、どんなに上位の大学であろうと、基本的に「将来は繋がっていないもの」と覚悟して行く位の決意が必要です。


 また、大学とは直接関係ないものの、以下の点も重要です。

3:対人関係を改善しないまま進学してもすぐに中退することになる

 当然のことですが、一定以上の年齢で進学する場合、周囲は自分よりも低年齢であることが普通であり、その場合には、年齢相応の人間性を要求されるのが一般的です。「家に引きこもったまま勉強だけして受かりました」のような姿勢は、入学後のことを何も考えていない自己満足に過ぎませんし、「ただの引きこもり」から「点が取れるだけの引きこもり」に変化しただけに過ぎません。何のために進学するのか考えておかないと、このような困った状況に陥ります。


 不登校、引きこもりから進学しても、上記の例の場合にはほとんどが失敗に終わっています。真面目に勉強するなら、大学進学だけでもかなり大変な行為です。しかし、卒後の未来が無いとするなら、その行為を支えるモチベーションすら危うくなってしまうでしょう。また、大学は人間が集まるところなのですから、人間関係を蔑ろにしたままで進むことは出来ません。

「勉強したかったので、20過ぎで新設私大の文系学部に進学しました」

とか、

「人は嫌いだけど、勉強だけしておく。後のことは知らない」

のような当事者の人達には何度も出会っていますが、彼らの希望が絶望に変わるまで早ければ一年、遅くとも三年です。底辺大学は大学としての機能がほとんどないことも珍しくなく、場合によっては数年以内に破綻する事例も今後増えて来るでしょう。

 大学は勉強するところであり、人と出会う場所なのですから、最低限の勉強や対人関係の訓練を重ねた上で進むのが筋ですし、就職というセカンドステップに繋がらない選択をするのは、流石に思慮が足らないとしか言えません。安易な方向に逃げたり、漠然としたイメージで進学するのではなく、

「何のために大学へ行くのか?」
「大学へ行くことでどのようなメリットがあるのか?」
「そもそも大学へ行く必要があるのか?」
「進学には何をしなくてはならないのか?」

などの問を冷静に検証した上で進学するようにして下さい。失敗事例を見る限り、引きこもった発想で行う安易な選択は、それ自体が転落への第一歩です。
posted by Ecodog at 18:47| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

高認の勉強は必要か?

 時々、「高認の対策はしていますか?」という問い合わせがあるのですが、「あると言えばありますし、無いといえば無いです」というのが、ここでの本音でしょうか。

 ここは元々、「どんなに低くてもMARCH(これ未満になると、進学によるアドバンテージがほとんど無いため)」で、基本的にはそれ以上の上位の大学へ行く人がほとんどですし、センター試験も「8割が最低ライン。9割確保でトントン」というのが普通ですので、「劣化センター試験」といった形式の高認試験に、特に注力して対策をすることは基本的にはありません。通常授業を受けて普通に勉強していれば、「ついでに高認にも通ってしまう」というのが実情です。

 無論、一部「先取りして試験に通っておきたい」という希望もありますので、そのニーズに対する対応はしていますが、基本的には必要ありませんし、お金が勿体無いと言えば勿体無い気もします。

 第一、高認試験は目標にすべき対象とはちょっと違います。余程能力的に劣っているとか、当該範囲を全く勉強していないなど、何らかの事情が無い限り、特別な対策が必要となる性質の試験ではありません。「通って当たり前」のように見ておくのが普通ですし、実際、主催している文部科学省のスタンスにも、そのような様子が見受けられます。

 どうせ、大学進学が狙いなのですから、高認を目標にするという低レベル設定をするのではなく、最初からそれなりの大学を狙っておいて、ついでに高認にも通っておく程度の発想でいる方が、最終的な達成度は高いような気がします。
posted by Ecodog at 10:09| Comment(2) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする