2016年10月05日

「○○年生のときから学校へ行ってないんですけど、◇◇大学に入れますか?」

 あるある系の質問ですが、参加希望者の増える時期ですので、一つ回答をば。

 結論から言えば、学校に何年生までいた云々は、進学先には特に関係ないです。違いがあるとすれば、入学までにかかる日数だけです。

〇中学一年から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには三年、地方国公立やMARCHには二年要ります。

〇高校一年から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには二年、地方国公立やMARCHには一年要ります。

〇高校三年(有名進学校)から学校に行ってないなら、東大や医学部に入るのには一年要ります。

 要は、「どれだけ時間がかかるか?」という点だけがポイントになります。

 逆に言えば、14歳からCARPE・FIDEMに入っていると、16歳で地方国公立の理工系学部、17歳の段階で一年早く東大or医学部に入るのと同じ程度の学力になりますので、これは都内の有名進学校に中学受験で入学し、優秀な成績を修めている子と並ぶ計算になります。(因みに、これと同じポジションにいる子は既にいます。)


 尚、経験則的には、

1:最低限の真面目さを持つ。(授業はサボらない、遅れない。)

2:予習・復習は指示通りに行う。(記憶の定着もきちんと行う)

3:学習方針に修正を求められたらきちんと変える。(我流に逃げない。)

の二点を守っていれば、上記のルートから外れることはほぼないです。「授業を延々とサボる、宿題も復習もしない、言われたことに従わない」等の場合や、健康状態の異状など、特殊な事情があれば話は別かも知れませんが、上記三条件を守っていれば、そこまで無茶苦茶な話にはなりません。

 と、言うわけで、参加をご検討中の方は参考になさって下さい。気になることがあるけど、電話とかメールはメンドイという方は、こちらのコメント欄でもご利用どうぞ。
posted by Ecodog at 19:52| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

引きこもり長期化のきっかけの一つ

 多分、大学が暇になったというのが原因の一つだと思いますが、先月位まで卒業生の子達と話す機会が何度もありまして、その中で定番のネタがありましたので、少し紹介しておこうかと思います。

 メモを取ることが出来なかったので、かなり適当ですが、概略を話すと以下のような感じになります。

卒「そう言えば、大学が休みになってから、久しぶりに不登校時代のときのことを思い出しましたよ」

E「ここ(CARPE・FIDEM)来る前の? どんなこと?」

卒「生きる世界が変わるんですよ」

E「何じゃそりゃ?」

卒「いや、大学が休みになって暇になると、何もしないじゃないですか?」

E「いやしろよ(笑)。って言うか、頼むから彼女くらい作れよ、マジで」

卒「まあまあまあ」

E「遅くとも20前半までには、自分の思い通りにならない世界があるって知っておいてだなあ……」

卒「はいはい。だから、生きる世界が変わるんですよ」

E「だから何だよ、それは」

卒「例えば、今自分は○○っていうソシャゲやってるんですけど、Ecoさん知ってます?」

E「いんや。最近のは全く分からん。おっさんやし」

卒「やるんですよ。ソシャゲじゃなくてもいいんですけど、毎日やる」

E「お前ホント暇なのな」

卒「まあまあまあ。で、それを続けると、何かそこの世界の住人のような気がしてくるんですよ」

E「そりゃまあ、その世界ばっか見てればそうだろうね」

卒「別に意識してそうしてるんじゃないんですけど、何かこう現実世界のことを見てないから、現実の方のことについて考える時間が相対的に減るんですよ。睡眠:ソシャゲ:現実=6:17:1みたいな」

E「……現実の1は何?」

卒「いや、親ウルサイんで」

E「あ、そう」

卒「それで、何かこう大学のこととか完全に夢の中の世界になってて、『大学って何だっけ?』とか。寝落ちして起きたときに最初に思うことが、ゲームの続きだったりとか」

E「折角大学入って引きこもりじゃなくなったのに、親が泣きそうな話だな」

卒「ドンマイですよ。でも、これって絶対に自分が引きこもりになったときと同じですって。これでヒキった記憶あるもん。現実世界の現実感を喪失した結果が、まさにコレですよ」

E「言っとくが、次はないですぜ?」

卒「それは大丈夫ですよ〜。そこまで馬鹿じゃないですよ〜」

E「はいはい」

卒「でも、この夢の世界にいるときって、本当に時間がワープするんですよ。マジで何日も夢の世界にいると、何か頭ボーっとしてて、夢の一時間で現実世界の半日位過ぎてる気がする」

E「さよですか」

卒「何年間も引きこもっている人たちって、絶対にワープしてますって」

E「まあ、それはホントっぽいけど。同じようなこと何度も聞いているし」

卒「でしょ? あれ絶対に危ない。ネトゲ廃人の息子とかいる親は、絶対回線切って、パソコンぶっ壊した方が良いって。本人達は、夢の中でワープしてる実感無いって。頭ボー」

E「夢からの強制帰還ですか?」

卒「Ecoさん、これコラムとかに書いて下さいよ。『ぶっ壊せ!』って。読む人結構いるんでしょ?」

E「ヤダ。強制的な措置って面倒なことになりやすいし、そこまで放置する家庭って、そもそも家庭運営の一般常識が吹っ飛んでること多いんで、トラブルが多過ぎて業務に支障出る。CARPEは、あくまで実情を理解している人達の塾なんだから。ダメ人間の矯正施設じゃありません」

卒「なら、せめてワープの話は書いて下さいよ」

E「はいはい」


 と、いう展開がありましたので、一応書きました。特に新しい話題ではありませんが、折角のリクエストですし。

 それにしても、夢の世界に逃げる人達は私も結構見てきましたが、基本的には精神的に自立出来てない、未熟な人が陥るみたいです。多少逃げる位は構わないと思いますが、逃げ続けは愚かとしか言いようがないと思います。多分、麻薬中毒に陥る人達と同じなんでしょう。自分にとって都合の良い世界ばかりを見ていたいという気持ちが、ストレートに出ているのでしょうか。

 そう言えば、精神的自立と言えば、また別の卒業生の子の話もありました。次はそれを書くことにしましょう。
posted by Ecodog at 03:09| Comment(2) | 脱ヒキの要点(当事者編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

勉強嫌いの子が不登校になるとどうなるのか?

 CARPE・FIDEMは、不登校や引きこもりにはなったものの、その後学び直して再度社会に出て行くことを目標とした塾です。

 が、それと全く逆の姿勢の場合、即ち「勉強嫌いの子」が不登校や引きこもりになった後で再度社会に出た場合、その後はどのようになるのでしょうか? ここ最近何度か問われましたので、少し紹介しましょう。

 まず結論から言えば、仮に家から出たとしても、基本的には低賃金で雇用の不安定な単純作業を漫然と行っているケースが主流となります。(「主流」と言うか、それ位しか出所がありません。)例えば、スーパーの品出しや倉庫内軽作業等、比較的良いところでもコンビニのアルバイトでしょうか。所謂「マックジョブ」という、特にこれといった追加能力の求められない業務を行っています。

 職業上の安定度や賃金体系というものは、その人が周囲から必要とされているか否かで決まります。社会から必要とされている人には、安定度でも賃金でも高待遇が与えられ、特に必要とされていない人は、安定度でも賃金でも低待遇になる傾向があります。

 勉強嫌いというものは、確かに頭の良し悪しもありますが、それ以上に新しい知識や経験を受け入れたがらない、言うなれば、「今の自分を変えたくない」という怠惰な姿勢と言い換えることも出来ます。

 社会は常時変化しますし、その度に新しい事実が発生し、発見され、そしてまた新しい事実へと繋がっていきます。しかし、その変化に背を向けていれば、周囲からの評価が下がったとしても、文句は言えないでしょう。使い物にならないのですから。別段、不当な低待遇が彼らに押しつけられているのではありません。能力相応の待遇が与えられているだけなのです。

 元々、CARPE・FIDEMの設立の経緯は、このような現実を知った不登校や引きこもりの子達が、何とかして上昇気流に乗ろうとして頑張ったところからスタートしています。彼らは、この「不登校・引きこもり底辺層」の恐ろしさを、身に沁みて知っています。年齢や社会経験等、一定ラインを突破すると、どんなに足掻こうともどうにもならない現実を見てきたのでしょう。それ故に、頑張り幅が大きかったのだと思います。

 私個人としては、勉強するしないなんてどうでも良いことだと思っています。したい人はすれば良いし、したくない人はしなくて良いでしょう。ただし、しなかったことを後で誰かのせいにするのはやめましょう。するしないは本人の意志の問題であり、周囲のだれかの問題ではありません。

 第一、勉強なんて、しようと思えばいつでも出来るのです。隙間の時間を見つけて単語を憶えても良いし、歩きながら記憶をおさらいしても良い。電車で読書も出来ますし、寝転がって数学を解いても良い。案外何でも自由です。

 ネット環境まで揃えば、不登校や引きこもりで、

「したいけど出来なかった」

なんて状況は、ほぼあり得ません。しなかったのは、ほぼ100%自己責任です。

 不登校でも引きこもりでも、色んな子がいます。先を見据えて一生懸命に行動している子もいれば、目先の「楽」だけを追い求めている子もいます。個人的には、本人が良ければ、それで良いと思います。ただ、後者が前者の足を引っ張る社会にはするべきではありません。

 別の機会に書きますが、これからの日本はどんどん格差が広がります。格差は不当なものとして述べられることが多いですが、少なくとも私個人としては自然なことだと思っています。

 不登校・引きこもりの業界でも、きちんと学んでいる人達は必然的に上に上がっています。何もしていない人達は下層に転落しています。でも、それは当たり前のことなのではないでしょうか? 誰かのためになっていて、人から感謝されている人は、自然と待遇も上がります。その逆をやっていれば、自然と待遇も下がります。これが格差だとするなら、それは大変好ましいことでしょう。因果応報というものです。

 私も今33歳で、10年以上この業界に身を置いてきましたが、転落人生に一直線の人達を繰り返し見てきました。危ないと思えば、警告もしました。怠惰の結果が何なのか、丁寧に説明したりもしました。しかし、ダメな人は本当にダメなのだということが、10年近くかけて良く分かりました。残念なところですが、これが現実なのでしょう。

 せめて、上がれる人達だけでも上に上がれることを期待して。毎日の小さな努力が、より良い未来に繋がるように応援したいと思います。
posted by Ecodog at 19:06| Comment(0) | 教育分野一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする